ニッケイ物語 #1: いただきます!ニッケイ食文化を味わう

世界各地に広がるニッケイ人の多くにとって、食はニッケイ文化への結びつきが最も強く、その伝統は長年保持されてきたました。世代を経て言葉や伝統が失われる中、食を通しての文化的つながりは今でも保たれています。

このシリーズでは、「ニッケイ食文化がニッケイのアイデンティとコミュニティに及ぼす影響」というテーマで投稿されたものを紹介します。

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その他のニッケイ物語シリーズ: 

#2: ニッケイ+ ~混ざり合う言語、伝統、世代、人種の物語~
#3: ニッケイ人の名前:太郎、ジョン、フアン、ジョアオ?
#4: ニッケイ・ファミリー: 記憶、伝統、家族観 
#5: ニッケイ語:家族、コミュニティ、文化の言葉 
#6: いただきます 2!新・ニッケイ食文化を味わう 

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ソーセージとアスパラガス?

この話をどのように始めましょうか。始まりは僕の祖母、日本人の方の祖母でした。正確には日系アメリカ人、日系二世の祖母は、僕の知る中で最も腕の良い料理人でした。キッチンの中で彼女よりクリエーティブな人を僕は他に知りません。僕が10代の頃、祖母はアスパラとホットドッグ用ソーセージの手作りテリヤキソース炒めを作ってくれました。それは、僕が今まで食べた中で最も美味しい料理の1つでした。祖母がその組み合わせの料理を作ってくれたのは、それが最初で最後でした。

話を少し戻しましょう。1947年に結婚して以来、祖母が65年住み続けたカリフォルニア州ストックトンは、世界のアスパラ首都を自称し、毎年アスパラ祭りを開催しています。祭りには、アスパラパスタやアスパラマルガリータ、アスパラアイスクリームまで登場しますが、さすがにソーセージとアスパラのテリヤキ炒めは置いていません。それを味わうことができるのは、祖母のキッチンだけなのです。

1束4ドルから5ドルすることもあるアスパラは ...

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焼き鯖弁当としめ鯖寿司

17歳になるブラジル生まれの息子は現在フロリダ州にある高校に通いながら、競技ゴルフに明け暮れている。

そんな息子も、来年ハイスクール卒業を迎えるため、この夏は進学する大学を決める天王山ということで、北米各地を旅し、ゴルフのジュニアトーナメントを渡り歩いている。ブラジルにいる時代にも10歳ごろからトーナメントに参加していたために、ブラジルの各地や、南米各地を旅行していた。

ゴルフトーナメントに欠かせないものに、宿と移動(車)の手配、そして食事の確保がある。近年車と宿はかなり便利になり、ネット上で予約した瞬間から、どこの街へ降り立っても、大体どういうものに出会うか予想がつく。Googleで事前に写真まで見られるし、期待と現実は大してかけ離れていない。そのぶん、デ・ジャ・ビュの連続で ...

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いただきます! おばあちゃんからの教え

幼い頃私は母親が毎日つくってくれていた日本食より、ミラネッサ(牛カツ)とマッシュポテトを好んでいました。食卓には、みそ汁が欠かさずでていました。父はみそ汁と一緒に食事をすることを習慣としていたのですが、私と妹は、そうした食卓をあまり好まず案外苦痛に思えたぐらいです。おそらく、毎日のことだったので飽きていたのかも知れないし、もしかすると私たちの小さな抵抗だったのかも知れません。しかし両親は、食べ残しをしてはいけないことと毎日食べることへの感謝の気持ちを、きちんと教えてくれました。

当時、日本食は日本人家庭でしか食することは出来ませんでした。肉しか食べない一般のアルゼンチン人が「刺身(生の魚!)」を食べるなんていうことは考えられない時代でした。

母は魚をさまざまな方法で調理してくれました。その他にもカツ丼や親子丼もつくってくれたし、漬け物はいつもありました。訪問者がいるときは ...

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“おふくろの味”オートミールと親父のおじや

日本のおふくろの味といえば芋の煮っころがしとかお煮染めが想像されるかもしれないが、家ではまるで違っていた。朝食の懐かしい味といえばオートミールだ。

私が育った頃はまだ外国製品のことを舶来品と呼び、輸入食品はデパートや特定のお店に行かないと入手できなかった。しかし、舶来品好きの母は私と弟をアメリカ製の離乳食で育てた。そんなわけで、朝食もチーズトーストにミルク、スクランブルエッグとハムまたはベーコン、そしてオートミールだった。固めに作ったオートミールにミルクとバターと砂糖をかけてゆっくりかき混ぜると芳醇な香りが食欲を誘う。ケロッグのコーンフレークもあったが、オートミールのおいしさにはかなわなかった。

学校給食がなかったので毎日お弁当を持って行ったが、そのおかずはランチョンミートやコンビーフ、ソーセージ、ハム入りの卵焼きなど。でも、ごはんのまん中には梅干しがあり、大好きだったのでいつも最後に食べた。たまにお弁当がサンドウィッチだと、ごはんを食べている同級生がうらやましかった。

晩ご飯は白米という基本パターンは守っていたが、おかずはやはりコロッケやカツ ...

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日本の味を、日系人の記憶に残し継承する

お碗に入った白いご飯と六画マークが商標であるキッコーマン醤油の香りが、私の日系人としてのルーツです。それらを思い浮かべると、私はまるで魔法にかかったかのように、鹿児島出身だった祖父ノボル橘・鎌田(Noboru Tachibana Kamada)と一緒に食べた日本食を思い出し、祖父と過ごしたあの幸福な空間に瞬時に逆戻りします。私はチリの日系三世ですが、この国に移民した日本人は非常に少なく我々も希な存在なのです。

祖父は、祖母アウリステラ・バレンスエラ・ジェベネス(Auristela Valenzuela Yevenes)と結婚し、チリの港町バルパライソ市内のブランコ通り1742番に住んでいたと記憶しています。窓が大きい、オーシャンビューの家でした。当時 ...

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