ニッケイ物語 #1 — いただきます!ニッケイ食文化を味わう

世界各地に広がるニッケイ人の多くにとって、食はニッケイ文化への結びつきが最も強く、その伝統は長年保持されてきたました。世代を経て言葉や伝統が失われる中、食を通しての文化的つながりは今でも保たれています。

このシリーズでは、「ニッケイ食文化がニッケイのアイデンティとコミュニティに及ぼす影響」というテーマで投稿されたものを紹介します。

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おふくろの味:ドナ・シズカのマンジョカのみそ汁

母は3歳でブラジルに移住し、子どもの頃から森林の中で見つけた食べられる物は何でも食べていました。食べられる物と食べられない物の区別も知っていました。ヤモリからアルマジロまで、何でも食料になっていました。14歳で結婚し、バストスという町の近郊の養鶏場に住みつきました。

今でも私の記憶に残っていることは、母の作った物は何でも美味しかったことです。味付けはシンプル。塩、ニンニク、レモン、ラード、ねぎとショウガでした。父は味にうるさく、若かった母にいろいろ教えていました。父は人参の若葉のてんぷらをカリカリにさせるのにピンガ1をころもに入れていました。どんな雑草でも母の手にかかったらごちそうになっていました。とても懐かしく思い出します。

家の周りはピッコンという雑草がたくさん生えていました。今では薬草として使用されていますが、当時 ...

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日系チャプスイレストランとフォーチュンクッキー

アメリカでは、フォーチュンクッキーの起源についての関心が高い。フィッツアーマン・ブルーの研究に拠れば、アメリカ全域で行われるフォーチュンクッキーサービスの端緒は、第二次世界大戦直後のチャプスイレストランにあるとされる。

チャプスイはアメリカ風中華料理で、豚や鶏肉といった肉類と野菜類を炒め、スープを加えて煮た後にとろみをつけた料理だ。1945年、サンフランシスコの海軍基地に帰還したアメリカ人兵士達は、中国系チャプスイレストランでサービスに出されたフォーチュンクッキーを初めて味わった。すっかりそれを気に入った兵士達は、帰郷後に地元の中華料理店で同じ物を注文し、それが次第にカリフォルニア全体へのクッキーサービスに発展したとされる。

このエピソードは、中国系チャプスイレストランで1945年にサービスが行われているため、それが中国でのフォーチュンクッキーの考案を示唆し、クッキーのサービスをも定着させた根拠として提示されるのだが、この点、再考の余地がある。なぜなら、カリフォルニアでは既に戦前において、日本人製造のフォーチュンクッキーが、日本人が経営するチャプスイレストランへ流通していた経緯が認められるからである ...

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Authentic (オーセンティック)

「出身は?」「英語はどこで覚えたの?」「普通のアメリカの食べ物を食べてるの?」 

私が住んだことのあるコミュニティには、日系三世はおろか、アジア系の人はほとんどいませんでした。これは何年も前のことですが、クラスメイトや見知らぬ他人でさえも、私にお決まりの質問をしてきました。彼らからすれば、日系アメリカ人も日本人も同じだったのです。

その後、日本文化や日本食人気が高まると、彼らとのやり取りは少し変化しました。私は、質問される立場から、最新の日本食レストランやトレンド、歴史、日本に関する様々なことについて、職場の同僚の見解を聞かされる側になりました。

そんな時彼らは、私を直接見るのではなく、私を視界に入れながら、演台からクラスに向かって演説をするような口ぶりで話していました。そして私は ...

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オレゴンで和牛を育てる

世界に浸透する和食同様に, 和牛を渇望する声が高まっている。今回オレゴン州の牧場で黙々と2000頭の和牛を育てるハリー矢野をご紹介する。

今年、4月12日付フォーブ誌に「神戸ビーフ・フロード(詐欺)」というセンセーショナルな記事が出た。記事を書いたラリー・オルズメッドによれば、『和牛とは日本牛のことだが、それ以上は、尋ねる相手方、相手国の如何によっては、様々な回答がでてくるという。即ち、欧米人が熟知する米国産、欧州産の牛を含み、日本で飼育するすべての牛をいうと回答する人もいれば、日本が明治以降、輸入飼育した4種の牛を総称するという人もいる。米国の牧場主、及び米国和牛協会の幹部たちは、和牛とは改良種のことだと主張するが ...

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手巻き寿司:ウェルカムホームパーティ

食は、私たちが生きる上で欠かすことのできないものです。私たちは、食事をすることで生きるために必要な栄養やカロリーを摂取するとともに、食を通して他者と関わっています。母はいつも、「食事を美味しく感じられるのは有り難いこと。いつか味がわからなくなる日が来たらとても寂しいわ」と言っていました。そしてこの言葉は、日本に住む祖母が、味付けがうまくできなくなり、夫のために食事を作る喜びを失い、料理をしなくなったと聞かされた私の心に、どっと押し寄せてきました。私は、弟たちと私が日本へ帰国する度に最高のお料理で歓迎してくれた祖母に、今回のこの投稿を捧げます。

私の記憶にある限り、祖父母は、私たち一家が千葉の実家に帰省する度、いつも最高のごちそうを準備してくれていました。いくつものテーブルの上に、従兄弟や叔父叔母、そして私たち一家を迎えるための ...

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