福田 恵子

(ふくだ・けいこ)

大分県出身。国際基督教大学を卒業後、東京の情報誌出版社に勤務。1992年単身渡米。日本語のコミュニティー誌の編集長を 11年。2003年フリーランスとなり、人物取材を中心に、日米の雑誌に執筆。共著書に「日本に生まれて」(阪急コミュニケーションズ刊)がある。

(2008年2月 更新)

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「花嫁のアメリカ」実録

2006年渡米、カリフォルニア州サクラメント近郊在住~順子・クエストさん

横田基地内で偶然の出会い

東京の八王子で生まれ育った順子さんは、「幼稚園の頃から、泣き声も大きくて、先生からも『意見をはっきり言う子だね』」と言われていました」と振り返る。将来は漠然とアニメの声優か、警察犬の訓練士になりたいと夢見ていた。早く社会に出たい! と思っていた順子さんは高校を中退、東京都下の横田基地で働き始めた。「私の父が若い頃に米軍基地で車両部の運転手を務めていただけでなく、母方の祖父も基地内でシビルエンジニアとして定年まで働いていたんです。父はその後、転職しましたが、私が幼い頃には横田基地のフェスティバルに連れて行ってくれていました」。

順子さん自身は、基地でチャイルドケアセンターの保育助手や、ベビーシッターとして働き始め、通信中隊のプロジェクトマネジャーにまで昇進した。そして、ある会議で運命の出会いが訪れた。「いつも会議に出てくる軍側のスタッフの代理で ...

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1990年渡米、ハリウッドで活躍するヘアメイク、松本安芸子さん

「日本で経験積んでから渡米」が正解だった

2018年3月にアメリカで、4月には日本で公開の日米合作映画「オー・ルーシー!」に参加したヘアメイクの松本安芸子さんキャリアは34年、在米歴は27年になる。

バスケットボールと陸上競技が得意だった安芸子さんだが、もともと抱えていた膝の故障が原因でアスリートになる夢は断念し、東京都内の山野美容専門学校に進学した。1980年代当時、美容師は人々の憧れの職業だった。

卒業後は舞台俳優のヘアメイクに携わる会社に入社、新人時代からスターのメイクを担当するようになった。「最初はヘアメイク、ウイッグ、ヒゲが主な担当でしたが、『オペラ座の怪人』のメイクに強く惹かれて、特殊メイクもやりたいと思うようになりました」。ところが特殊メイクの部署への異動を上司に掛け合ったものの却下されてしまった。「ならば、本場のハリウッドに行ってゼロから勉強しよう」と決断し ...

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音楽でNIKKEIをつなぐ 〜 仲宗根ゆうこさん

等身大の日系世代の世界 

“ラテンと沖縄の融合で世界を元気に!”というコンセプトで日系ミュージシャンが参加する音楽イベントがある。その名はOKINAWA LATINA(オキナワラティーナ)。発起人は、ラテンロックバンド、ディアマンテスのボーカル、ペルー日系三世、アルベルト城間さん。そして2016年よりOKINAWA LATINAのプロデューサーを務める、仲宗根ゆうこさんに活動の経緯、また、自身と日系との関わりについて聞いた。

ゆうこさんがOKINAWA LATINAに携わるきっかけとなったのは、2015年に旗揚げしたばかりのアルベルトさんから企画書の作成を依頼されたこと。翌年からは代表とプロデューサーを兼任する。本イベント第二回目は、世界中のウチナーンチュが5年に一度、沖縄に集結する“世界のウチナーンチュ大会 ...

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「花嫁のアメリカ」実録

1996年渡米、バージニア州ヨークタウン在住 ~ かおる・ホリデーさん

横田基地で歯科衛生士に・駆け落ち同然で結婚

現在はバージニア州でエステティシャンとして働くかおるさんの出身地は東京の郊外、立川市。前回、東京オリンピックが開催された1964年の生まれ。

「毎朝、テレビでやっていた旅行番組を見てから学校に行くのが日課でした。小学校の卒業文集にはジャーナリストになりたい、と書きました。世界を駆け巡って活躍することを夢見ていました」

世界を夢見る少女は、高校卒業後に歯科衛生士の学校に通い、資格を取得した。そして、米軍の横田基地で働く叔父から、基地内で歯科衛生士を募集していることを知らされた。「基地には子どもの頃から馴染みがありました。年に1回開催される基地内のフェスティバルに遊びに行ったりもしていましたから」。かおるさんはそれまでの職場だった神田方面より、横田の方が近くなるということもあり、基地内の歯科で働き始めた。

「当時は英語がしゃべれませんでした。(日本の)学校の勉強って文法中心じゃないですか ...

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戦後沖縄の救済運動のリーダー比嘉太郎さんに学ぶ講演会を開催 〜 ドキュメンタリー作家、下嶋哲朗さん

その活動は人種、国、宗教を超えた

戦争直後、世界中のウチナーンチュに呼びかけ、地上戦の果てに焦土と化した沖縄に物資を送ったハワイ生まれの二世、故比嘉太郎さんが率いた活動は、ドキュメンタリー作家、下嶋哲朗さんによって「海からぶたがやってきた!」の本になった。そして2018年7月、下嶋さんは、ロサンゼルス在住の沖縄民間大使、上原民子さんからの提案で、同市郊外のガーデナで太郎さんの功績を若い世代に伝えるための講演会を開催する。

講演に先立つ2018年2月、下嶋さんはカリフォルニア州サンタマリアに住む太郎さんの長男、アルビンさんの自宅を訪ねた。「20年前から、太郎さんのことを考えているが、本当の所、彼が何を考えていたのか、確信を持って話すためにもっと太郎さんについて知る必要がありました」と話す下嶋さんは ...

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