ジーン・オダ・モイ

(Jean Oda Moy )

ジーン・オダ・モイさんは、ワシントン州で生まれ、戦時中は日本で過ごしました。戦後、彼女はアメリカに戻り大学で学び、臨床ソーシャルワーカーとしてのキャリアと日本研究を組み合わせるに至りました。カリフォルニア州サニーベールでソーシャルワーカーとして長年働き、カウンセラー、ソーシャルワーカー、心理学者の育成のため、日本へも頻繁に足を運びました。また、20世紀における日本の主要作家の1人である井上靖による著書3冊、「敦煌(1978)」、「わが母の記(1982)」、「しろばんば(1991)」の日・英翻訳者でもあり、「Snow on Willow: A Nisei Memoir (2009)」は、彼女の著者です。

(2012年5月 更新) 

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ニッケイ物語 #1 — いただきます!ニッケイ食文化を味わう

お寿司セラピー

ジョージ・タナカさんは、看護師に連れられ、ナースステーションへやって来ました。伏し目がちで無表情の彼は、足を引きずって廊下を歩いて来ました。私には、彼は実年齢の46歳より年をとっているようにも見えました。症例記録によると、ジョージは、1944年、当時の彼の勤務先の会社のあったイタリアのとある場所で爆撃を受け、酷い怪我を負い、今では頭蓋骨にスチール板が埋め込まれているということでした。

あれは、1968年9月、私が2年間のUCバークレー社会福祉大学院へ進学したばかりのことでした。精神医療のソーシャルワークインターンとして、私は最初にメンロー・パーク退役軍人病院に配属されました。スーパーバイザーのトンプソンさんは、こう言いました。「彼は、25年ほど前から知的障害があり、話をすることもなく ...

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