収容所の病院で働く (英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語) 収容所には花もなかったような気がするわ。あったかしら、わからない。

私はいつも病院の研究室で忙しく働いていました。それは良かったわ。仕事は楽しかった。当時、アキタさんというナースがいたの。素晴らしいナースだった。医者たちはあまり良くなかったけどね。なんにせよ、アキタさんはここのファウンテン・アベニューにあったシダー・サイナイドの婦長のひとりだったのよ。特に顕微鏡を使って作業をするときは、よく助けてもらったわ。

私たちは月に16ドルしかもらえなかった。少し高かったとしても、せいぜいもう2、3ドルくらい。それくらいだった。

日付: 2011年5月24日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: ジョン・エサキ
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

california concentration camps hospital manzanar World War II

絆2020:ニッケイの思いやりと連帯―新型コロナウイルスの世界的大流行を受けて

ストーリーを読む >>
あなたのストーリーも募集してます!

勝敗を超えて: ニッケイスポーツ

10月31日まで投稿を受け付けています。.

「ニッケイスポーツ」への投稿作品を読む >>

最新情報を入手

最新情報メールの配信登録

Journal feed
Events feed
Comments feed

プロジェクトをサポート

ディスカバー・ニッケイ

ディスカバー・ニッケイは、互いにネットワークを広げ、日系の体験談を分かち合う場です。プロジェクトを継続し、より良いものにしていくためには、皆さまのご協力が不可欠です。ご支援お願いします!

サポートの方法>>

プロジェクト企画 全米日系人博物館

主な援助
日本財団