真珠湾攻撃後のカリフォルニア州オーシャンサイドでの日系アメリカ人学生としての経験(英語)

真珠湾攻撃後のカリフォルニア州オーシャンサイドでの日系アメリカ人学生としての経験(英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語) 当時私は17歳で、高校3年生でした。真珠湾攻撃があった12月、私たちは何かの準備をしてい`ました。そして1月には日本人の子供たちはみな学校に行かなくなりました。あれは、真珠湾攻撃があった次の日の月曜日のことだったのでよく覚えているのですが、公民の先生が、「ジャップ」による真珠湾攻撃について話したんです。彼らにとって私は「ジャップ」な訳ですから、自分たちが爆撃したかのように思わされたのです。

日付: 1998年5月22日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: ジョン・エサキ
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

discrimination identity Pearl Harbor racism World War II

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