祖父とトムソン医師 (英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語) ええ、(帰れることになって)嬉しかったわ。解放される、ってね。

私たちは家に戻った。雑草はすっかり伸びていた。そうそう、祖父も一緒にいたのよ、まだ生きていたの。だから祖父を後部座席に座らせて、私が世話をしてた。家に着いたとき、オレンジがかった色の美しいバラの花が咲いていたの。だから私はそれを切って祖父の枕元に置いた。そしたら、「綺麗だね」って。私が「お爺ちゃんが植えた花だよ」と言うと、祖父はただ頷いていたわ。

あと、トムソン医師のことなのだけれど、とても素晴らしい人だった。ドイツ人で、バーバンク病院の創設者の一人。小さい病院でね。私たちが収容所に行っている間、トムソン医師はそこに祖父母をおいてくれた。地下室にね。「私が世話をする」と言ってくれたの。

それから、どういうわけか軍に居場所が見つかってね。トムソン医師を訪ねてきたの。ライフルとか銃を持って。彼らは「よそ者が地下にいるだろう」と言って入ってきた。トムソン医師は申し訳ない気持ちでいっぱいだったと言っていたわ。それで祖父母は連れて行かれてしまった。

でも医師は素晴らしかった。施設から戻って祖父が家で亡くなる際、ノースハリウッドの葬儀場で全ての準備を整えてくれた。祖母の葬儀も全て世話してくれたわ。棺や、花も。全て。だから本当にトムソン医師には感謝しているの。

日付: 2011年5月24日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: ジョン・エサキ
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

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