戦中のニューヨーク市での最初の印象(英語)

JACLの全米書記マイク・マサオカの1942年のスピーチへの反応(英語) 1942年10月の妹の死(英語) 戦中のニューヨーク市での最初の印象(英語) 真珠湾攻撃後の近所の同情(英語) ニューヨーク市の日本人会の起こり(英語) ニューヨーク市の日系人社会との関わり(英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語)私は都会出身なので、ニューヨークに居てもホームグランドに居るような感覚でした。ただ、アメリカが日本と戦争状態にあったことが、私にとって唯一の問題でした。中国系の人々は、体にぴったりフィットする民族衣装を着て、「私は中国人です。」と書いた大きなバッジを身につけていました。日本人と間違えられては困る、という思いからでしょう。それから当時、灯火管制がしかれていました。停電ではなく、電灯が制限されていたのです。それ以外は、通常通りの日々でした。

日付: 2000年11月15日
場所: 米国、ニューヨーク州
Interviewer: ジョン・エサキ
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

discrimination racism World War II

ニッケイヒーロー:私たちの模範となり、誇りを与えてくれる人

9月30日まで投稿を受け付けています。

最新情報を入手

最新情報メールの配信登録

Journal feed
Events feed
Comments feed

プロジェクトをサポート

ディスカバー・ニッケイ

ディスカバー・ニッケイは、互いにネットワークを広げ、日系の体験談を分かち合う場です。プロジェクトを継続し、より良いものにしていくためには、皆さまのご協力が不可欠です。ご支援お願いします!

サポートの方法>>

プロジェクト企画 全米日系人博物館

主な援助
日本財団