真珠湾攻撃後の近所の同情(英語)

JACLの全米書記マイク・マサオカの1942年のスピーチへの反応(英語) 1942年10月の妹の死(英語) 戦中のニューヨーク市での最初の印象(英語) 真珠湾攻撃後の近所の同情(英語) ニューヨーク市の日本人会の起こり(英語) ニューヨーク市の日系人社会との関わり(英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語)私たち一家は、南カリフォルニア大学のすぐ傍で、花屋を営んでいました。父がこの土地に初めて来た時、「アメリカに居る限りは、アメリカ人を相手に商売する。」と言っていました。それで、私たちは意図的にリトル東京から距離を置いて生活していました。私たちの客のほとんどはアメリカ人でした。真珠湾攻撃直後の月曜日、店を開けるかどうか迷いましたが、結局開けることにしました。ルーセラン(ルーテル)教会やメソジスト教会の人々、白人の客たちは、私たちにとても同情的でした。そして、自分たちにできることがあれば、力になるとさえ言ってくれました。その頃は、私たちはまだ問題なく暮らすことができていました。

日付: 2000年11月15日
場所: 米国、ニューヨーク州
Interviewer: ジョン・エサキ
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

discrimination retail World War II

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