ニッケイ物語9—勝敗を超えて: ニッケイスポーツ

新型コロナウイルスの世界的大流行に伴い、2020年東京五輪などの主要なスポーツの大会が中止または延期となり、私たちは今、スポーツを生で楽しむことができません。今回のニッケイ物語では、みなさんからニッケイのスポーツにまつわるストーリーを募集します。お気に入りのスポーツについて思いをめぐらせ、その思い出を共有することで、この困難な時期に私たちは一つとなり、心を癒すことができるでしょう。

ニッケイのスポーツを、ゲームの勝敗を超えて特別なものにしているのは何でしょう?あなたのヒーローである日系アスリートや、あなたのニッケイとしてのアイデンティティに影響を与えたアスリートについて書いてみませんか?ご両親の出会いのきっかけは、ニッケイのバスケットボールリーグやボウリングリーグでしたか?戦前の一世や二世の野球チームに代表される日系スポーツ史にとって重要な時代に関心はありますか?

「ニッケイ・スポーツ」シリーズに作品を投稿してくださった皆さん、どうもありがとうございました!ニマ会メンバーが、気に入った作品に「星」を投票し、ニマ会のお気に入り作品が決定しました。これを持ち、投票は締め切らせていただきます。編集委員によるお気に入り作品は、12月18日に発表します!


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バンクーバー朝日投手、土居健一と家族の物語

バンクーバー朝日がリーグ優勝を果たした1926年、土居健一はバンクーバー朝日チームの投手であった。しかし、元々彼は、バンクーバー島カンバーランドの第五鉱山の日系野球チーム「SUN(太陽)」の選手だったのだ。

この土居健一について詳しく知ることができたのは、小生の友人のノーム伊吹が、健一の長男で親友のジョージ土居を紹介してくれたからであった。

健一が野球選手として最盛期のころ、ジョージはまだ子供だったので、父が実際にプレイする姿については覚えてないという。唯一記憶に残っているのは、オープントラックの後方に乗って野球場に出かけ、試合を観戦したことだ。当時は誰もが野球をプレイし、観戦することを楽しんでいた。

そもそも、ジョージは父の健一がバンクーバー朝日の選手だったことを知らなかった。それを知ったのは、健一が亡くなった時に叔父のフレッド・タダオから「バンクーバー朝日がカンバーランドにやってきた時 ...

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スポーツと学校

私のなまえは、たいら・フエルナンダ・ゆみです。14さいです。どうぞよろしくお願いします。   

私は、小さい時からとても水泳がすきです。7さいごろから、イビラプエラのオリンピック・センターで、水泳のれんしゅうをはじめました。

五年生まで、毎日ごぜんちゅうは水泳に行って、ごごから学校にかよいました。

六年生から、学校は朝になりましたので、水泳はもうつづけられないと思っていましたが、さいわいピ二ェイロスチームにさそわれて、そちらで、ごごかられんしゅうが、できるようになりました。

月よう日から土よう日まで、まいにち2時間およいで、1週間に3回は ...

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初代バンクーバー朝日の児玉選手と田端選手の家族の追加調査 ー その2

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田端賀一の日本在住の家族

これにて一件落着となったのだが、2019年11月27日東京の田端敬一という方から、次のメールが入った。

嶋様

突然のメールで失礼します。私は、田端敬一と申します。「ニッケイイメージズ」及び「ディスカバーニッケイ」(2018年10月25日)に寄稿されていました、バンクーバー朝日の田端賀一の孫になります。田端賀一には子供が7人(男4、女3)いて、第二次大戦前後で、日本に3人(男2、女1)、カナダに4人(男2 ...

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初代バンクーバー朝日の児玉選手と田端選手の家族の追加調査 ー その1

カナダの伝説的野球チーム、バンクーバー朝日は、2003年にカナダ野球殿堂入り、2005年にBC州スポーツ殿堂入りを果たした。しかし、1941年に戦争が勃発しチームが解散してから既に60数年たっていたため、選手またはその家族と連絡が取れず、殿堂記念メダルの多くを引き渡すことができないままでいた。

2015年、バンクーバー朝日の最初の選手だった嶋正一を叔父に持つ私は、殿堂入り記念メダルの多くが未渡しの状態であると知り、初期バンクーバー朝日の松宮外次郎会長の孫で彦根在住の松宮哲とともに、当時まだメダルを受け取っていなかった約26名の選手・家族の調査を始めた。

その後、日本側では後藤紀夫(「バンクーバー朝日物語」の著者)、カナダ側では新朝日チーム1発起人の安藤恵美子など、多くの関係者の協力を得、また日系メディア「The Bulletin ...

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ブラジル移民珍商売

この話は僕がブラジルからカナダへ移住した際に、2008年のブラジル移民百周年を記念して、リオデジャネイロで殊の外お世話になった真木昌(まき・さかえ)先生の偉業を トロントの『大陸時報』に 書いたもので、再度こちらで紹介したいと思います。

戦後の打ちひしがれていた日本人に夢と希望をもたらしたのは「富士山の飛び魚」と称えられた古橋、橋爪、真木、浜口の日大水泳チームが樹立した八百メートルリレー世界新記録でした。1950年3月にブラジルに遠征した日大水泳部がブラジルの日系人に大歓迎を受けたのは言うまでもありません。

ブラジルが気に入った最年長の真木昌さんは、ブラジル水泳界の要請に応じブラジルに移住されました。サンパウロの名門スポーツクラブ「パウリスターノ」のヘッドコーチに就任し、その後、レシーフェのブリティッシュカントリークラブに破格の好待遇で迎えられました ...

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