エンリケ・ヒガ・サクダ

(Enrique Higa)

日系ペルー人三世で、ジャーナリスト。日本のスペイン語メディアインターナショナル・プレス紙のリマ通信員でもある。

(2009年8月 更新) 

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アメリカ大陸の日系選手の歴史とオリンピックでの功績

ペルーで日系人の貢献という話になると、芸術やグルメ部門のことが話題になることが多く、誰もがその評価に賛同する。例えば日系二世のティルサ土屋氏は、ペルー史上最高のアーティストとして知られている。 料理の世界では今でこそ普通に「コミーダ・ニッケイ(ニッケイ料理)」というものが認められているが、以前は「日系(ニッケイ)」という言葉の意味さえ理解されていなかった。これは、ペルーに移住した日本人から伝えられた数々の料理が様々な形で現地の「食」に反映されたからである。 しかし、日系人は他の分野でも優れた功績を残している。それがスポーツの部門である。 ペルーの日系オリンピック選手 ペルー日系人協会の施設内にある「カルロス千代照平岡・日本人移住資料館」で、今年の7月から「日系人のスポーツへの貢献」という特別展が開催されている。ここでは、ペルーをはじめ他のアメリカ大陸諸国で優秀な成績を残した日系人選手、特にオリンピックで活躍した選手らが紹介されている。この展示は、もともと日本人メキシコ移住あかね記念館で開催されたもので、アルベルト寺本氏がさらに研究を重ね、今回のペルー資料館における展示へといたった。 ペルー代表選手として五輪に参加した日系人は、合計5人である。 最もよく知られているのは、1968年のメキシコ五輪で4位に輝いた女子バレーボール代表チームメンバーのオルガ・アサト氏である。彼…

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83 recuerdos del colegio La Victoria

Cuando la Segunda Guerra Mundial finalizó en 1945, la comunidad de origen japonés en el Perú estaba acéfala, a la deriva, debilitada por los ataques que le asestaron las autoridades peruanas, situadas en el bando de los Aliados.  Uno de los golpes más dolorosos fue el cierre del colegio Lima Nikko, el más grande fundado por los japoneses en el Perú para educar a sus hijos nisei. Tres años después de la culminación de la guerra, en 1948, cuatro issei oriundos de la prefectura de Kumamoto—Masaji Yasumoto, Sueo Iw…

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クスコの日系ファミリー

ペルーに到着した初期の日本人移住者は、太平洋沿岸地方の農家で働く契約労働者だった。両国の取決めで定住ではなく一時的滞在の就労が目的であった。 しかし移民の世界ではよく起きることだが、現実は予想以上に厳しいものだった。契約終了後もしくは過酷な労働に耐えかね、ほとんどの日本人労働者は地方の農場から首都リマに移り商業に従事するようになった。 ペルー国内の他の県に転住したものもいる。チャレンジ精神の強い一部の日本人は、アマゾン流域のジャングルや山岳地帯のクスコに転住した。その一人が当時アレキパ県に住んでいたミチカ・カワムラ氏である。彼はインカ帝国の所在地クスコに転住し、家族経営の店を始めた。 日本人会長職を最後まで全うした祖父  クスコに根を下ろしたミチカ・カワムラ氏は、この地で家庭を築き、自らの店を経営し、クスコの日本人会会長としてコミュニティーの活動を担った。 現在、地元の観光ガイド兼作家である孫のエンリケ・カワムラ氏は、祖父の思い出や功績の資料を収集し、記録にしている。 ミチカがクスコに到着したのは第二次世界大戦開始前の年だった。開戦後日本人は「敵性外国人」とみなされたため、当局から逃れためには隠れるしかなかった。孫の話によると、ミチカは「険しい未開のジャングル」に避難したという。これは1941年の出来事である。 暗い戦争のトンネルを抜けたミチカはそのままクス…

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絆2020:ニッケイの思いやりと連帯―新型コロナウイルスの世界的大流行を受けて

Nikkei Plus: el escaparate de los emprendedores nikkei en Perú

El fútbol siempre te da segundas oportunidades. Pierdes un domingo, pero el próximo puedes ganar. El tiempo no es un activo para dilapidar en lamentos, sino para prepararte con el objetivo puesto en superar el siguiente desafío. Así es, grosso modo, cómo lidia con las cosas el periodista Roger Gonzales Araki.  Como para millones de personas en todo el mundo, la pandemia de coronavirus fue un nocaut para él: tuvo que cerrar el negocio familiar de karaoke. Sin embargo, Roger supo levantarse y lo que comenzó como un fulminante revés …

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絆2020:ニッケイの思いやりと連帯―新型コロナウイルスの世界的大流行を受けて

“Las cosas no deberían ser igual que antes de la pandemia porque significaría que no he aprendido nada”

Ya nos vamos por los dos años de pandemia y aquellas primeras semanas de confinamiento, cuando la gente aplaudía desde sus casas a los trabajadores de salud por su extraordinario trabajo e ingenuamente se decía que de esta nefasta experiencia saldríamos mejores personas, más unidos y solidarios, parecen tiempos de una vida anterior. Hoy, con países ricos que acaparan vacunas mientras surge una nueva variante en África, millones de personas muertas y multitudes que rechazan las mascarillas o vacunarse a pesar de que salvan vidas, a nadie se l…

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