エンリケ・ヒガ

(Enrique Higa)

日系ペルー人三世で、ジャーナリスト。日本のスペイン語メディアインターナショナル・プレス紙のリマ通信員でもある。

(2009年8月 更新) 

migration en ja es pt

マチュピチュで歴史に名を残した日本人移住者:野内与吉氏

誰もがペルーのマチュピチュという世界遺産を知っている。しかし、ペルーの日系社会にすら、インカ帝国の街とペルーの日本人移住に接点があるということは、ほとんど知られていない。そこには、野内与吉というすごい人物の存在がある。

野内与吉氏は、1895年福島県で生まれた。1899年から1923年の間に契約移民としてペルーを訪れた日本人移住者18,727名の一人である。

今年は、与吉さんがペルーに到着し、農業労働者としてリマ北部のサンニコラス農園で働いてからちょうど100年になる。

娘のルス・マリーナさんの保持する記録や記憶にもとづく証言によると、与吉さんは、リマからすぐにボリビアへ渡り、そこからブラジルへ、そしてまたペルーに戻ってアマゾン地域南東部のプエルト・マルドナードで働いたという(ここでオスカルという名で洗礼を受ける)。そして最後にようやくたどり着いたのがクスコだった。

当初は各地を転々とし、なかなか腰を下ろすことができなかったが ...

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グース外間: 心に咲くカーネーション

孫: ねぇオジー、どうして僕たちの顔は他のアルゼンチンの人の顔と違うの?

祖父: グース、私たちは日本人なんだよ。

孫: 日本人なの?アルゼンチンに住んでいるのに?

祖父: そうだよ。オジーはね。17歳の時、オバーと一緒に移民船でアルゼンチンへ渡ったんだよ。3ヶ月もかけてね。

これは、アルゼンチン出身のミュージシャン、グース外間の歌、『時空の花』のミュージックビデオのイントロダクションに収録されているアニメーションでの会話だ。日系四世の彼が幼少の頃、実際に祖父と交わした会話をイメージして作られている。

グースは、この歌によってミュージシャンとしての人生が大きく揺り動かされた。そして ...

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identity en ja es pt

日系ペルー闘牛士の伝説

比嘉ミツヤにとって、海は彼の人生そのものである。幼いころから、港町カジャオ付近のラプンタ岬(La Punta)に行き、泳いだり、地平線を眺めたりしたという。83歳になった今でも、心の安らぎを求めるため定期的にラプンタ岬を訪れる。

1960年頃、叔父のミツヤは闘牛士という夢を実現するためマドリードへ渡った。内陸にある首都は乾燥しており、心を落ちつかせてくれる海風をとても懐かしく思ったという。「無限に押し寄せてくる波、特に海の存在が恋しかったなぁ」と話してくれた。

私が、「ラプンタに行きませんか?」と誘うと、「うん、行こう」と即答する。そして ...

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identity en ja es pt

未発見の世界:日本

私は、日本で7年間生活しました。日本語を覚えるには十分な時間でしたが、単なる日常生活で必要最低限の表現だけしか知らず、日本をきちんと理解するのに十分な語学力はありませんでした。私を含め多くのペルー人はそうに思っていましたし、必要ではなかったのです。当時(1990年代初頭)、我々ペルー人が働くところには通訳が配置されていましたし、職場でも、ビザの申請にも、病院へいくにも、会社が通訳を付けてくれました。店では買いたい商品を棚から持ち出し、それをレジで支払うだけでした。レストランに行ってもメニューを開き、欲しいものを指でさせばどのウェイターもウェイトレスも注文を理解してくれました。何も言わなくても生活に困ることはありませんでした。

多くのペルー人にとって日本語を覚えない理由として、日本の滞在は一時的で、いずれ本国に帰ると考えていたからです。あまり賢い理屈ではありませんが、ある友人は、「日本語は難しいし覚えようとしても頭に入らない ...

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国外追放が単なる冒険だと思っていた少年

第二次世界大戦中の1942年から1945年の間に、ペルーから1771人の日本人と日系人がアメリカ合衆国に強制送還されました。当時のペルー政府はアメリカと同盟関係にあり、日本人やドイツ人、イタリア人の「危険な敵性外国人」を拘束し、アメリカの強制収容所に送還することを決定したのです。

比嘉みつや君という12-13歳の少年もその一人でした。彼は、チチャ(紫トウモロコシの酒)酒造会社を経営していた伯父の蓮助さんが出頭すると聞き、一緒にアメリカに「行ける」と思いました。伯父は、リマ郊外のカジャオ町にあるバキハノ・イ・カリージョ墓地近くにある日本人が所有していたバナナ畑内の簡易小屋に、身を隠していました。多くの番犬に囲まれていたので、当局に見つかる可能性は低いとされていました。

しかし ...

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