嶋 洋文

(しま・ようぶん)

嶋洋文は戦後の京都で生まれ育ち、その後、東京の海運会社に勤めた。彼の祖父母と3人の息子たちは、1907年ごろから順次カナダに移住した。しかし、1930年代までに、カナダ残留を選んだ一人の息子を除き、順次日本へ帰国をした。

2007年に定年を迎えた頃、伯父の正一がバンクーバー朝日の選手だったことを知り、それをきっかけにバンクーバー朝日の研究調査を開始した。現在は、ブリティッシュコロンビア州スポーツ殿堂の依頼に基づき、バンクーバー朝日の選手家族及び関係者の協力を得ながら、殿堂メダルを渡されていない選手や家族を探すボランティア活動を続けている。

(2018年10月 更新)

sports en ja

バンクーバー朝日:殿堂メダリストの家族探索

バンクーバー朝日初代選手—近藤与左衛門

戦前に大活躍した カナダの伝説の強豪日系人野球チーム、バンクーバー朝日は、遠い日本ではほとんど知られていなかった。しかし、2003年、2005年の殿堂入りで話題になり、1914年の創部から百周年にあたる2014年、日本映画『バンクーバーの朝日』(石井裕也監督)が制作された。その年、日本よりも早くバンクーバー国際映画祭で初披露され、観客賞を獲得した。

その3年前の2011年2月、多数のバンクーバー朝日選手を輩出した彦根の市役所で北米移民展が催された。その時展示されたバンクーバー朝日の集合写真を見て、そのうちの一人で氏名不明と記載されていた選手が、近藤与左衛門だと気がついた人がいた。与左衛門の娘、さだこだった。息子の正良と共に訪れていた。


そしてその3年後の2014年、前述の映画が上映された ...

続きを読む

sports en ja

バンクーバー朝日:殿堂メダリストの家族探索

ジョージ伊賀:シアトルからのバンクーバー朝日メンバー

2003年、伝説の強豪日系人野球団のバンクーバー朝日がカナダ野球殿堂入りを果たし、2005年には、BC州スポーツ殿堂入りを果たした。しかし、選手や家族の所在が不明のため、多数の殿堂メダルが未渡し状態で残っていた。私の叔父の嶋正一選手も、その一人で、2014年に叔父に代り殿堂メダルをいただいた。私はそれをきっかけに、BC州スポーツ殿堂の未渡しメダリスト選手家族探しを手伝ってきた。そのいくつかの事例をこのサイトでも紹介してきた。

今回は、これら未渡しメダリスト選手の一人だった、シアトル旭チーム出身のジョージ伊賀選手の家族探しについて述べたいと思う。この家族探しは、シアトル大学のマリエ・ローズ・ウオン博士の多大な協力を得て実現した。

1887年生まれのジョージ伊賀は、もともとシアトル旭のショートストップとして活躍していた。時折、国境を越えて、バンクーバー朝日とも交流試合を重ねていたので ...

続きを読む

sports en ja es pt

ニッケイ物語9—勝敗を超えて: ニッケイスポーツ

バンクーバー朝日投手、土居健一と家族の物語

バンクーバー朝日がリーグ優勝を果たした1926年、土居健一はバンクーバー朝日チームの投手であった。しかし、元々彼は、バンクーバー島カンバーランドの第五鉱山の日系野球チーム「SUN(太陽)」の選手だったのだ。

この土居健一について詳しく知ることができたのは、小生の友人のノーム伊吹が、健一の長男で親友のジョージ土居を紹介してくれたからであった。

健一が野球選手として最盛期のころ、ジョージはまだ子供だったので、父が実際にプレイする姿については覚えてないという。唯一記憶に残っているのは、オープントラックの後方に乗って野球場に出かけ、試合を観戦したことだ。当時は誰もが野球をプレイし、観戦することを楽しんでいた。

そもそも、ジョージは父の健一がバンクーバー朝日の選手だったことを知らなかった。それを知ったのは、健一が亡くなった時に叔父のフレッド・タダオから「バンクーバー朝日がカンバーランドにやってきた時 ...

続きを読む

sports en ja

ニッケイ物語9—勝敗を超えて: ニッケイスポーツ

初代バンクーバー朝日の児玉選手と田端選手の家族の追加調査 ー その2

その1を読む >>

田端賀一の日本在住の家族

これにて一件落着となったのだが、2019年11月27日東京の田端敬一という方から、次のメールが入った。

嶋様

突然のメールで失礼します。私は、田端敬一と申します。「ニッケイイメージズ」及び「ディスカバーニッケイ」(2018年10月25日)に寄稿されていました、バンクーバー朝日の田端賀一の孫になります。田端賀一には子供が7人(男4、女3)いて、第二次大戦前後で、日本に3人(男2、女1)、カナダに4人(男2 ...

続きを読む

sports en ja

ニッケイ物語9—勝敗を超えて: ニッケイスポーツ

初代バンクーバー朝日の児玉選手と田端選手の家族の追加調査 ー その1

カナダの伝説的野球チーム、バンクーバー朝日は、2003年にカナダ野球殿堂入り、2005年にBC州スポーツ殿堂入りを果たした。しかし、1941年に戦争が勃発しチームが解散してから既に60数年たっていたため、選手またはその家族と連絡が取れず、殿堂記念メダルの多くを引き渡すことができないままでいた。

2015年、バンクーバー朝日の最初の選手だった嶋正一を叔父に持つ私は、殿堂入り記念メダルの多くが未渡しの状態であると知り、初期バンクーバー朝日の松宮外次郎会長の孫で彦根在住の松宮哲とともに、当時まだメダルを受け取っていなかった約26名の選手・家族の調査を始めた。

その後、日本側では後藤紀夫(「バンクーバー朝日物語」の著者)、カナダ側では新朝日チーム1発起人の安藤恵美子など、多くの関係者の協力を得、また日系メディア「The Bulletin ...

続きを読む