1941年12月7日の記憶(英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語)私は、ホノルルの944クック・ストリートに住んでいました。当時まだ大学1年生で、1941年9月にハワイ大学に入学したばかりでした。あの日、私は勉強していました。祝日で、日曜日でしたね。自宅でラジオを聞きながら勉強していました。朝6時か7時頃だったでしょうか、アナウンサーは、「真珠湾海上で大規模な軍事演習が行われています。」と言い、何が起きているか繰り返し説明していました。しばらくしてアナウンサーは、「演習ではありません。本物です!」と言いました。続けて彼は、「紛れもなく、本物の攻撃を受けています!」と言いました。そして、飛行機の翼には赤い日の丸があったという目撃情報に言及しました。その時点で、日本軍が真珠湾を攻撃していることがわかりました。 当時、ハワイ大学の1年生だった私は、毎朝7時から1時間、大学の必須科目として予備役将校養成課程(Reserve Officer Training Corps、以後R.O.T.C.)の軍事訓練を受けることになっていました。ラジオからは、ROTC受講中の全ての学生は、近隣の軍事教練場に連絡するよう通達が流れました。私は軍に連絡し、他の学生たちと共にハワイ準州守備隊(Hawaii Territorial Guard)に配属され、ユニフォームを渡されました。私たちが守備に当たったのは軍事施設ではなく、発電所や水源や資源の保管場所等でした。

日付: 2006年5月29日
場所: 米国、ハワイ州
Interviewer: アケミ・キクムラ・ヤノ
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

Pearl Harbor ROTC World War II

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