インタビュー
日本語学校に通ったこと(英語)
私たちは、両親とは日本語で話していました。初等教育の8年間、8時から午後2時、2時半だったかもしれませんが、子供たちは、英語の小学校に行くことを義務づけられていました。そして近くには日本語教室があり、1時間の日本語のクラスを受けなければなりませんでした。ですから、レベルの差こそありましたが、皆日本語で両親とコミュニケーションをとることができました。親が子供達に教えたり小言を言う時、私たちはそれをちゃんと理解していました。
日付: 2006年5月29日
場所: 米国、ハワイ州
インタビュアー: アケミ・キクムラ・ヤノ
提供: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター