日本語学校 (英語)

日本語学校 (英語) 子供の頃の日常生活(英語) アルベルタのテンサイ農場(英語) 渡日の決意(英語) 広島で英国軍に従事(英語) カナダでの補償運動(英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語) 日本語学校には毎週土曜日の午前中、3、4時間通っていました。

I*: 日本語学校はどのような所で、誰がクラスを教えていましたか?

工藤さんという夫妻が教えていましたね。今思えば、学校へは遊びに行っていたようなものでした。両親に行くように言われて、だた単にそれに従って通っていただけです。あまり多くは学ばなかったですね。

I: 学校では何をしていましたか?

日本語の勉強ですよ。書いたり話したりね。

I: ええ。学校ってそういうことをする場ですからね。でも本当は、何をしに行っていたのですか?(笑)

(笑)遊びに行っていたんですよ。

* “I”:インタビュワー(メアリー・イトウ)

日付: 2005年3月23日
場所: カナダ、トロント
Interviewer: マリー・イトウ
Contributed by: 世代-日系カナダ人レガシープロジェクト日系文化会館

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