患者の方言を話すことで患者の緊張を解していた父 (英語)

医師免許取得のためトリリンガルになった父 (英語) 医師の一日 (英語) 日系二世の医師が受けた差別 (英語) 父と手術助手の看護師を見送った日のこと (英語) 父の裁判を知る (英語) 患者の方言を話すことで患者の緊張を解していた父 (英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語) 当時の私は、人の話し方の違いに気が付きませんでした。誰かが何か言うのを聞いて、話し方に違いがあることを知るようになったわけですが、それは確か戦後だったと思います。でも、当時(戦前)の私は、階級や立場と、方言の関係性を関知していませんでした。私の両親は、そういったことを私に言ったりしませんでしたので、気が付かなかったのです。でも、そうですね。たぶん私の父は、粗野な話し方というか、無教養というか、田舎の人たちが仲間内で話す言葉ですね、を使って彼らと会話するのが好きだったのだと思います。とにかくまあ、そういった類の言葉は日本人同士でも話されていたわけで、父は彼ら独特の言い回しを使って、診療所でもリラックスできるように配慮していました。父がそんな風な話し方をしていると、私は、「あ、今来ているのはあの人だな。」などとわかるようになりました。鼻にかかったような調子の声だったり、声色などの特徴で判断できました。そういう言葉遣いで交わされる会話は、聞いていて面白かったですよ。それに、私の父はささやき声で話す人ではなかったですからね。いつも大声で、ずけずけと物を言う感じでした。

I*: お父様がそのような話し方をされていたのは、単に患者さんたちをリラックスさせるためだと思ったのですが?

ええ、そうですね。父は医者でしたが、医師になることができたからそうなったというだけで、職種によって他の人に対して高慢になることを、父は良しとしませんでした。

*"I" はインタビュア(トム・イケダ)

日付: 2009年9月21日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: トム・イケダ、マルサ・ナカガワ
Contributed by: Denshō: The Japanese American Legacy Project.

doctors japanese hospital

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