日系二世の医師が受けた差別 (英語)

医師免許取得のためトリリンガルになった父 (英語) 医師の一日 (英語) 日系二世の医師が受けた差別 (英語) 父と手術助手の看護師を見送った日のこと (英語) 父の裁判を知る (英語) 患者の方言を話すことで患者の緊張を解していた父 (英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語) このことは定かではありませんので、ご自分で調べていただいた方がいいと思いますが・・・当時の日系人は、たとえ医学部を卒業していたとしても、彼らをインターンとして雇ってくれる病院は多くありませんでした。そしてインターンになれたとしても、月50ドルくらいしか支払われませんでした。私が知る限りではそれくらいの金額でした。誰もが「そんなはした金で!」って思っていましたよ。所得レベルとしては最低ですから、話になりません。それこそ、「ジャップ」に与えられるチャンスなんてそんなものだ、と言われているような気がしました。でも、かなりの人数の二世医師が、大学を首席で卒業していたと思います。ただ、雇用のチャンスも役員に選出される機会もほとんど無かったのです。

日付: 2009年9月21日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: トム・イケダ、マルサ・ナカガワ
Contributed by: Denshō: The Japanese American Legacy Project.

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