医師免許取得のためトリリンガルになった父 (英語)

医師免許取得のためトリリンガルになった父 (英語) 医師の一日 (英語) 日系二世の医師が受けた差別 (英語) 父と手術助手の看護師を見送った日のこと (英語) 父の裁判を知る (英語) 患者の方言を話すことで患者の緊張を解していた父 (英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語)父は、州の医師免許証を取得するまでは、医療活動をすることができませんでした。そして医師免許を取得できるほどの十分な英語力もありませんでしたが、独学で英語を学んだ父は、どうにか一年後には医師免許を取得したんです。当時の日本では、医学教授のほとんどがドイツ人だったため、医学を学ぶには日本語の他にドイツ語を話せなくてはなりませんでした。父は、ドイツ語が堪能だったことをとても誇らしく思っていたようです。時々、私たちにドイツ語で何かまくしたてたりしていましたが、私たちには聞いたことのない言葉でした。でも、父は一世でしたから、英語のようにそんなにはっきりした発音をしなくてもドイツ語なら、何かつぶやくように口走ることくらい出来たんだろうと思います。

I*: でもお父様は、日本語とドイツ語と英語を話すトリリンガルだったのですよね。

最終的にはそうなりました。一世の医師は皆英語の試験を受けなければなりませんでした。実は、私の末息子が調べ物をしていた時に、イサム・セキヤマという医師が免許取得のために提出した書類を見つけたそうです。手書きの素晴らしい英文だったそうです。ですから、一世の医師たちは、医師免許証を取得するためにずいぶん努力したのだろうと思います。彼らが生きていたら、今の試験をとても簡単に感じたでしょう。

* "I" はインタビュア(トム・イケダ)

日付: 2009年9月21日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: トム・イケダ、マルサ・ナカガワ
Contributed by: Denshō: The Japanese American Legacy Project.

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