医師の一日 (英語)

医師免許取得のためトリリンガルになった父 (英語) 医師の一日 (英語) 日系二世の医師が受けた差別 (英語) 父と手術助手の看護師を見送った日のこと (英語) 父の裁判を知る (英語) 患者の方言を話すことで患者の緊張を解していた父 (英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語)父の一日は、朝診療所を開くことから始まりました。診療所が入っていたビルは、ガーデナ通り沿いに今もあります。住所は、749ガーデナ・ブールバードでした。診察室は3、4室くらいあって、そこで診察を行いました。午前中は予約なしで来る患者を順番に診察しました。

父には一緒に働く若い医師が何人かいて、そのうちの1人がノーマン・コバヤシ氏でした。その他の医師は私たち一家と一緒に住んでいました。当時彼らのほとんどは独身で、その後、誰かが若い医師たちにお嫁さんを紹介することもありました。でも、お昼時には全員が一緒に昼食をとっていたので、母とお手伝いさんがその準備をしていました。

昼食後、みんなは普段着に着替え、父の4ドアの車か別の車に乗り込み、ロサンゼルスまで運転して行きました。フリーウェイ(高速道路)ができる以前のことです。アヴァロンやサンペドロ・ストリート、スローソンを通り、ソト・ストリートも過ぎてボイル・ハイツの日本人病院まで出かけていたのです。そこで回診を行い、それが終わるとリトル東京へ行き、診療所を開けて診察しました。全てが終了すると、父たちは来た道をそのまま戻り、家路に着きました。 診察は、予約なしで受け付けていたので、その日最後の患者が帰ると、父たちは診療所を閉めて帰宅しました。

時には、患者の家庭で訪問診察を行っていましたので、リスト順に患者を訪ねてから帰宅していました。このような毎日が、父や他の医師たちの日常でした。

日付: 2009年9月21日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: トム・イケダ、マルサ・ナカガワ
Contributed by: Denshō: The Japanese American Legacy Project.

doctors japanese hospital medicine

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