ミラグロス・ツカヤマ・シンサト

(Milagros Tsukayama Shinzato)

日系三世、母方も父方の祖父母も沖縄県の与那原村出身。現在、英語・スペイン語のフリーランス通訳であり、Jiritsu(じりつ)というブログを運営している。このブログを通じて、個人的に関心のあるテーマやペルーの日本人移民またはそれに関連する研究課題などを発信している。

(2017年12月 更新) 

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ニッケイ物語8 — ニッケイ・ヒーロー:私たちの模範となり、誇りを与えてくれる人

私のオバアは人生最大のインスピレーション

私にとって人生の一番の手本になる人物は誰かと問われたら、やはり私の祖母、オバアであると答えます。これまで多くの難題を乗り越え、見返りを求めず他人を助けてきた祖母は、私にとってはまさに英雄的存在なのです。

オバアは92歳で亡くなりました。そのとき私はたったの9歳でした。その年齢差は80歳以上!そうしたこともあって、私にとってオバアは、ミステリアスな存在だったのです。私が幼かったこともあり、オバアは自分のことについては何も話してくれませんでした。ときどき特定の出来事に対してなんらかのコメントはしてくれたことは記憶しています。でも、オバアはスペイン語があまりできなかったので、対話をしたという記憶はありません。

30歳になった頃、私は祖母についてもっと知りたくなり資料を集めることにしました。母から詳しい話を聞いたり、古い写真のメモを読んだり、ボロボロの書類を修復したり、その時代背景をグーグルでいろいろ調べたりしました。

オバアは自分の娘である私の母に ...

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ニッケイ物語#6 — いただきます 2!新・ニッケイ食文化を味わう

母にとって厳しい時代は、私にとっては素晴らしい思い出がいっぱい

母はいつも「全部食べるんだよ、捨てるのはもったいないから」と言っていました。他界してからすでに2年が経ちますが、今でもとても恋しく思うことがあります。「味の素が無くなったら、醤油と砂糖で味付けなさい」とも言っていました。そのようなアドバイスは今も鮮明に覚えています。また、「不機嫌で調理すると、料理もまずくなるよ」と口うるさく言っていましたが、確かにその通りです。料理は、怒らず愛情を込めてつくるものです。

母も、祖母(沖縄県の人は「オバー」と呼ぶ)も、あまり感情を表に出すことはありませんでした。二人とも夫をかなり早くに亡くしたので ...

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日系人の新年、一世たちのお正月から今日まで

私は幼少期の頃祖母と過ごす時間が多く、そのせいか日常生活には日本的な習慣がかなり反映されていました。クリスマスを特に祝うこともなく、逆にお正月はとても盛大に迎えていました。

正月の準備は12月31日にしていたと記憶しています。夜明けとともに、みんなで家の大掃除をし、母は朝からから、豆腐、大根、人参、そして結昆布が入った豚肉の煮物、たくさんの寿司、サツマイモと野菜の天ぷらといったご馳走をつくっていました。これらのすべてをお供えとして仏壇の前に置き、年が明けてからみんなで食べました。

年末の31日は、みんな早く寝ました。次の日のお正月を、みんなとても楽しみにしていたのです。朝起きると居間には若水の水差しが置いてありました。それは祖母が井戸水から汲んできたもので、お正月にこの若水を飲むと、一年間健康であり続けると祖母は言っていました。沸騰した水 ...

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ニッケイ物語#2 — ニッケイ+ ~混ざり合う言語、伝統、世代、人種の物語~

「Mabuyá」という幸運の震え:幼少時代の思い出として残るオバーの習慣

オバー(以下、祖母のことを指す)は、いつも「夜掃除すると貧乏になるよ」とか、「夜爪を切ると悪魔がくるよ」とか、ネコが自分の顔を洗っているときは「もうすぐ雨が降るよ・・・」と、“予言”しました。私が幼い頃は、家の中にはこうした言い伝えがいつも飛び交っていました。

しかしオバーが亡くなってからは、家の中でそうした言葉を聞くことは少なくなりましたが、私の記憶には今でもそうした言い伝えや慣習、信念といったものが残っています。オバーに対する熱い思い出の証かも知れません。昔からの習慣というものはなかなかやめられないものですが、これらはオバーが沖縄から持ってきたものなので、当然そう簡単にはなくなりません。

オバーは沖縄県南部の与那原村出身です ...

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絆2020:ニッケイの思いやりと連帯―新型コロナウイルスの世界的大流行を受けて

Un blog de cuarentena

Hasta el 10 de mayo, el Perú seguirá en cuarentena. Yo esperaba ansiosa que terminara este 26 de abril como estaba fijado, pero el virus todavía sigue en las calles. Ni bien termine ese confinamiento, lo primero que voy a hacer es ir al centro comercial, comer en un restaurante y todo lo que ahora no podemos hacer. Pero lo que más quiero es ver a gente sin mascarillas y que ahora ocultan su rostro. No es lo mismo ver a otra persona a través de una pantalla. En mi casa, no hay nadie, excepto yo, y ...

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