両親に内緒で渡米

日本人の母から見た日系人収容所 アメリカの市民権を取った理由 アメリカの市民権を取ったときの周囲の反応 状況によって変化するアイデンティティ アメリカナイズされた価値観 日系人にとっての日本の伝統行事 両親に内緒で渡米

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

1992年ですから、約15年前に、この国に最初に来て。私は、父はやっぱりすごーく日本の古い家庭から来た人じゃないかなと思っています。だから、料理もしないし、灰皿持ってくるのも、私の母に「はい、持ってこい」って、そういう人で。で、私にやっぱりお見合いで、幸せに誰かと日本人と結婚して暮らしてほしかったみたいですけども、そうはいかなかったので、父はきっとすごーく最初は怒ってましたよ、やっぱり。もう、話ができないくらい。で、母は昔、中学校の先生をしてました。で、母も性格は強いんですけども、父親に私のように、こうtalk back(言い返す)をするような人ではないんです。こう黙って、ぐっとこらえて。あ、それは母の強さで。で、やっぱり、私、こちらに来たのが笑い話なんですけども、最後の最後まで誰にも言わずに、自分で少しずつプリペア(準備)して、空港でアメリカに行きますってメールしたんです。はっきりいって家出みたいなものです。びっくりしたんだと思います、私の両親は(笑)。そうでもしなきゃ来れなかったと思います。

日付: 2007年3月1日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: 西村 陽子
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

immigration migration

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