日本人の母から見た日系人収容所

日本人の母から見た日系人収容所 アメリカの市民権を取った理由 アメリカの市民権を取ったときの周囲の反応 状況によって変化するアイデンティティ アメリカナイズされた価値観 日系人にとっての日本の伝統行事 両親に内緒で渡米

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(アメリカへ来る前、日系人については)ほとんど知りませんでした。で、私の母は戦争を経験してて、私の母がやっぱり日系人の人たちが、第二次世界大戦が始まる時に、キャンプ(収容所)に送られたっていうことは聞きました。で、もう一つおもしろい話をすると、私の母も何の本を読んだか知りませんけれども、岐阜は空襲にあったんです。で、母の家もこう疎開から帰ってきたら全部灰のように無くなっていた。母が私に言ったのは「日系人の人たちのほうが幸せかもしれない」って。うちは焼かれなくても、一応食べ物があって、何かを確保されてるって。うちの私たちの母や父やおじいちゃんたちは、もっと食べ物もなくて苦しい思いをしていたっていうのは、母は言ったことがあります。だから、日系の人たちがキャンプに送られたのは悲しい事実だけれども、もしかしたら幸せだったかもしれないって。それを聞いたことがあります。

日付: 2007年3月1日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: 西村 陽子
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

incarceration internment World War II

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