アジア系とのかかわりをあまり持たずに東海岸で育つ(英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語) 僕が9歳か10歳の頃、毎年夏になるとロサンゼルスに行っておばやいとこと一緒に過ごしてたんです。実を言うと、僕が他の日系人と接する機会はそれだけでした。日系人の知り合いは他に1人いたのですが、その話はまた後ですることにします。コネチカット通りにミヤコという日本食材の店があって、僕が育った当時はその隣にあったレストランがワシントンDC唯一の日本料理屋でした。だから日本の食材を手に入れるために、いろんなところへ足を伸ばしましたね。母はもちろんお米を炊いてましたけど、僕は基本的には白人のアメリカ人のように育ちましたよ。日系人との接触はなかったですからね。ですから、僕は最初、東海岸の日系人と西海岸の日系人には大きな違いがあると言ってたんですよ。僕がDCで育った当時、アジア系では中国系の女の子がいましたが、彼女とも6年生の時に会っただけで、あまり接する機会はなかったんです。それにいとこと一緒に何かしようにも、5歳も年上だったのであまりそういう機会はありませんでしたね。だから僕はたいてい祖父母やおじやおばと一緒に居ましたね。

日付: 2003年9月12日
場所: 日本、東京都
Interviewer: アート・ノムラ
Contributed by: アート・ノムラ、『ファインディング・ホーム』

east coast FindingHome food identity Washington D.C.

ニッケイ・ルーツ:私たちの文化の足跡をたどる

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