日系人収容所に対する家族の見識(英語)

初めての作曲(英語) ペーパーナプキンに描いた絵(英語) ロサンゼルスで見つめる自己アイデンティティ(英語) 日本への親近感(英語) 日系人収容所に対する家族の見識(英語) 音楽で表現する政治的メッセージ(英語) アーティストとしての役割(英語) 一般人の良きモデルとして(英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語) 収容所に関しては、父がかなり昔に話をしてくれました。随分小さい頃だったと思います。父からその話を聞いた時は、余りよく理解できなかったのを覚えています。その概念を完全に理解するには小さすぎましたし、その頃は他の事に興味がありましたから。少し大きくなってから学校の歴史の教科書などで、収容所に関することを見るようになりました。真珠湾攻撃の写真が半分ぐらいを占めていて、それがどれだけひどいことだったかに重点を置くばかりで、収容所に関してはほとんど載ってなかったんです。

そのとき「おかしいなぁ。お父さんが今まで話してくれたことについてあまり触れないなんて変だ。何故なんだろう?」と感じたのを覚えています。その理由を突き止めるため、念密な研究を行ったわけではありませんが、徐々に自分なりに情報収集するようになり、折に触れては親戚の人達に質問をするようになりました。しかし不思議なことに誰もその話しをしたがらず、収容所での経験に関することになると、あいまいな答えしか返してくれないので凄く気になりましたね。みんなが「仕方がない」という態度をとるのです。当時はそう考えた方が都合が良かったのかもしれません。しかし今の私としては、その考えには同意できないと言いますか・・・私たちの世代には余り為にならないと思います。自分より年上の親戚や高齢者が「仕方がない」といった考えから少し離れてくれればと願っています。そうなれば私たち(若者)も彼らの話から学ぶことが出来るからです。

Fort Minorというニューアルバムを制作していた時、ソロのプロジェクトだったので、自分自身の経験に重点をおいたうえ、創造性と合わせて作品を作ろうと心がけたんです。私はプロデュース、ミキシング、歌詞を全曲自分で手がけますが、Fort Minorでは自分の個人的なものを取り入れたいと思いました。そこで収容所の話題を少し取り入れることにし、13人兄弟姉妹の-13人全員が健在というわけではありませんが-下から2番目の父や、長女である伯母にインタビューをしました。彼らが収容所にいれられた1940年代当時、父は3歳、伯母は20歳代と年が離れていたので、2通りの見方を得ることができ、収容所で何が起きたかについて深い見識が得られたと思います。

日付: 2006年1月16日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: クリス・コマイ、ジョン・エサキ
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

camps Fort Minor incarceration internment music

ニッケイ・ルーツ:私たちの文化の足跡をたどる

9月30日まで投稿を受け付けています。

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