幼少時から自分のアイデンティティを意識(英語)

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書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語) 随分小さい頃から(アイデンティティについて)意識していました。ここ(ロサンゼルスのダウンタウン)から30分位のところにあるCovinaで育ちましたからね。家族はニューヨーク出身のイギリス・アイリッシュ系である父を除き、全員が中国から来た中国人です。私の姉も兄も中国出身の純粋な中国人ですし、いとこ達も全員そうです。家族中で父の子のハパ(混血)は私だけです。ですから、自分の意識の中では、私はいつも白人でした。中国語も話さないし普通のアメリカ人の子供と変わらないと思っていました。

でもあれは5歳の時だったでしょうか。初めて幼稚園に行った日のことです。当時白人が集中する地域に住んでいたのですが、(幼稚園に)足を踏み入れた瞬間「うわ、ここはボクの居場所じゃない。学校中で(肌の色が)茶色い子はボクだけじゃないか」と思ったんです。この時私はこのようなこと、即ち見かけや外見が周りの人達にとってはとても大きなことなのだと知りました。

日付: 2006年5月3日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: ジム・バウワー
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

hapa identity multi racial

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