laurahhによるコンテンツ
Dekasegi Story
第二十話 「サッカーワールドカップで会いましょう」
ラウラ・ホンダ=ハセガワ
「Copa do Mundo1」がブラジルで開催されると決まった時、ケントは跳び上がって喜んだ。サッカー好きの少年は、学校から戻るといつも、宿題をするのも忘れて、近くの原っぱでボールを蹴っていた。母親はしかたのないものと受け入れるしかなかった。ケントの父親もサッカー好きで、プロになろうと思っていた頃もあったのだ。
Dekasegi Story
第十九話 (前編)ナカジマがやって来る!
ラウラ・ホンダ=ハセガワ
日系二世のナカジマ少年は日本語学校に行くのが嫌だった。しかし、日系人が多いブラジルのバストスという町には、どこへ行っても、町の中に日本のような雰囲気が漂っていた。八百屋もパン屋も理髪店も、ほとんどの商店は日系人の経営だった。ホテルもそうだった。ナカジマ家は養鶏所を持っていて、次男のナカジマ少年は卵を売るのを手伝っていた。それも嫌だった。日系人の客に日本語で声をかけられるのが苦手だったからだ。
Dekasegi Story
第十八話 「ただいま帰りました!」
ラウラ・ホンダ=ハセガワ
ヴァンデルが8歳の時、母親が再婚した。相手は同じ銀行で働いていた日系人だった。お陰でヴァンデルの生活は変わった。私立学校に転校し、柔道やパソコン教室にも通えるようになった。家族も増えてにぎやかになった。義父には15歳の息子と10歳の娘がいた。
Ohayo Bondia II
夏に感じる文化の違い
ラウラ・ホンダ=ハセガワ
今年のブラジルの夏は、70年ぶりの猛暑となり、とても大変でした。街を歩いていると、皆、真っ赤な顔をして、汗をかきながら、動きが鈍くなってへとへとでした。そんな中、昔から暑さが苦手な私ですが、今年は比較的楽に厳しい日々を乗りきることができました。その理由は、私が日本の夏の過ごし方をブラジルで実践したからです。夏になるとブラジルと日本の生活習慣の違いを実感せざるを得ません。
Dekasegi Story
第十六話 サンパウロ発 18:59
ラウラ・ホンダ=ハセガワ
グアルーリョス空港は大きな荷物を持った人で混雑している。今は、バカンスシーズンの真っ最中で、ブラジル人はますます海外旅行をするようになっている。
Ohayo Bondia II
「オメデトウゴザイマス」は、ポルトガル語になったの?
ラウラ・ホンダ=ハセガワ
1月第1週の日曜日の朝、教会へ行く途中、ジョアキン君に出会いました。ジョアキン君とは、かわいいビーグルのワンちゃんのことで、初めて会ったのは3年前でした。
Happy New Year! Reminiscing about Oshogatsu with Mochi
ラウラ・ホンダ=ハセガワ
“On Christmas Day, we’ll have Brazilian dishes, and on Oshogatsu1 we’ll have the Japanese New Year’s traditional foods. We Nikkei can enjoy twice as many banquets. We’re truly blessed!”