デカセギ・ストーリー

1988年、デカセギのニュースを読んで思いつきました。「これは小説のよいテーマになるかも」。しかし、まさか自分自身がこの「デカセギ」の著者になるとは・・・

1990年、最初の小説が完成、ラスト・シーンで主人公のキミコが日本にデカセギへ。それから11年たち、短編小説の依頼があったとき、やはりデカセギのテーマを選びました。そして、2008年には私自身もデカセギの体験をして、いろいろな疑問を抱くようになりました。「デカセギって、何?」「デカセギの居場所は何処?」

デカセギはとても複雑な世界に居ると実感しました。

このシリーズを通して、そんな疑問を一緒に考えていければと思っています。

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第三十話(後編) ジョアナの大冒険

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生まれ育った農村から一度も離れたことがなかったジョアナは、49歳の時、娘のルイーザがサンパウロの看護学校に通うことになり、落ち着くまでの間、サンパウロに一緒に住んだ。

郊外に小さな家を借りて、満員のバスで通勤した。娘のためにと、慣れていないことにもいろいろと挑戦した。田舎とは全く違う都会の生活は、ジョアナにとって大冒険だった。

半年後、ルイーザは二人の先輩と同居するようになった。ジョアナは自分の役割は果たしたと、安心して田舎に戻り、再び畑仕事と家事の生活に戻った。

ルイーザは、看護学校卒業が近づいた頃、紹介したい人がいると、実家へ戻ってきた。一緒に来た男性はタケシタ・ノブで、ルイーザと同居していたカオリの兄であった。

ノブは ...

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第三十話(前編) ジョアナの大冒険

子供の頃からジョアナは働き者だった。朝早くに両親と兄3人で畑へ出かけ、11時半に家に戻り、2人の弟と昼飯を食べてから学校へ一緒に通った。

あと3ヶ月で小学校を卒業するという時、母親が重い病気を患った。ジョアナは看病しながら、母親の分の畑仕事もしなければならなくなった。そのため、学校には行けなくなったが、家族のためだと思い、懸命に畑仕事と家事をこなした。

18歳になると隣村の農家に嫁ぎ、すぐに3人の子供に恵まれた。午前中は義母に子供を預け、義父と夫と一緒に畑へ出かけ、午後にはひと足先に家に戻って、子供の面倒を見ながら家事をするのが日課だった。

三男が8歳の時、待ち望んでいた女の子が生まれた。家族は大喜び。長男と次男と三男の名前は夫が選んだが、長女の名前は、ジョアナが選びたいと主張。「私が学校に行けなくなった後 ...

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第二十九話 デカセギの歌

エリックとエミリーは双子の兄妹。5歳のときに両親が離婚し、父親がふたりを引き取った。その2年後、父親が日本へ働きに行くことになり、父方の祖父母がブラジルでふたりの面倒を見ることになった。

祖父は日本食品店、祖母は美容室をそれぞれ営んでいたので忙しかったが、エリックとエミリーは愛情たっぷりに育てられた。

日系二世の祖父母は日本の歌が得意で、エリックとエミリーは小さい頃から日本の童謡や歌謡曲を歌っていた。

エミリーは地元のちびっ子のど自慢大会に出たこともあったが、エリックの方は、本番になると動けなくなるほどパニック状態になってしまうので、人前で歌うのは無理だった。

ふたりは、毎年、父親が休暇を取ってブラジルに戻って来るのを楽しみに待っていた。小学生の頃は、日本のおもちゃとか色鉛筆とかゲームを貰うのが楽しみだったが、中学生になるとお土産より父親と一緒に出かけるのを楽しみにしていた。

積極的なエミリーは父親に「ショッピングへ行こう」と言って、洋服やアクセサリーをたくさん買ってもらい ...

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第二十八話(後編) 27年ぶりの里帰り

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シバタ・マサヒロ、46歳、日本での生活は25年。生まれ育ったプレジデンテ・プルデンテに戻ったのは27年ぶり。

町は思っていたより変わっていなかった。「自分のことなど覚えている人なんて、もう居ないだろう」と思いきや、誰かが声をかけて来る。

「あんた、わしのこと覚えてる?キヨシのばあちゃんだよ」

「まぁ、ちっとも変わっておらんね!」

「『ファミリア』も一緒?」

「どう?プルデンテはあれから変わったでしょう?」

「日本の方と結婚したんですってねぇ?おめでとう!」

「あんた ...

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第二十八話(前編) 27 年ぶりの里帰り

「マッサが帰ってくるんだって!」

「えっ!?シバタさんとこの?」

「そう。三男のマサヒロが帰ってくるんだって!」

「何年ぶりかしら?」

「20数年かねぇ?」

マサヒロが生まれ育ったプレジデンテ・プルデンテを後にしたのは1990年5月頃、19歳だった。

子どもの頃は、両親と兄二人、家族5人で暮らしていた。学校の帰りには友達と原っぱでボールで遊んだり、凧をあげたり、自分の家にみんなを誘いおばあちゃん自慢のぼた餅を一緒に食べたり、夜は母親とテレビを見たりした。とても幸せな日々だった。

しかし、マサヒロは8歳の時、人生最初の転機を迎えた。母親が病気で亡くなってしまい、なにもかも変わってしまったのだ。

当時、父親は洗濯屋を営んでいて ...

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