デカセギ・ストーリー

1988年、デカセギのニュースを読んで思いつきました。「これは小説のよいテーマになるかも」。しかし、まさか自分自身がこの「デカセギ」の著者になるとは・・・

1990年、最初の小説が完成、ラスト・シーンで主人公のキミコが日本にデカセギへ。それから11年たち、短編小説の依頼があったとき、やはりデカセギのテーマを選びました。そして、2008年には私自身もデカセギの体験をして、いろいろな疑問を抱くようになりました。「デカセギって、何?」「デカセギの居場所は何処?」

デカセギはとても複雑な世界に居ると実感しました。

このシリーズを通して、そんな疑問を一緒に考えていければと思っています。

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第二十四話 日本人になりたかった少女の日記~その5

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2011年7月30日

愛しきディアーリョ。ただいま!

サンパウロで過ごした冬休みは、めっちゃ楽しかったけど、こっちに戻る2日前にマリナちゃんのことを知って、とても心配になったの。だって、3年前までは、日本のブラジル人学校で一緒だったマリナちゃんが、今年ブラジルに戻って、ここの生活に慣れなくて、学校に行ってないんだって。なんで?信じられない!わたしよりも頭がいいし、日本語はぺらぺらだし、かわいいし。

そして、バチャンにマリナちゃんのことを話すと「そんな頭のいい子が学校へ行かないで、家に閉じこもっているのは、実にもったいない。ジェシカは本当のお友だちなんだから ...

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第二十四話 日本人になりたかった少女の日記~その4

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2011年3月4日

バチャンのお姉さんが入院したので、バチャンはカンポ・グランデに行っているの。だから、わたしは、当分、ナイル叔母さんの家でお世話になるの。いとこが3人いて、一番下のノアちゃんはすっごくかわいい。2歳なの。

日本に居たときと比べると、今の方がめっちゃ、にぎやかで楽しいわ!日本では朝の7時半から夕方の6時まで学校で過ごしていたの。クラスには8人しか居なかった。その中の3人とは大の仲良しだったけど、2008年の末には、生徒の半分はもう居なかった。町を出て行ってしまったから。そして、親友のアリネちゃんもブラジルに戻ってしまった。マミーは「É a ...

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第二十四話 日本人になりたかった少女の日記~その3

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2010年5月7日

「Festa do Dia das Mães1」が、今日、学校であった。日本にいたころ、ブラジル人学校では、お母さんたちには工場の仕事があったので、その行事はなかった。生徒たちは絵やカードを作り、家でお母さんに渡すだけだった。でも、ブラジルの学校はすごい!2日前の金曜日には授業の代わりに、生徒が歌やダンスや演劇を特別にお母さんに見せるの。小ちゃい子のお母さんたちは涙ぐんで見ていた。

わたしはポルトガル語のサンドラ先生が担当する演劇に参加した。役は日本人の女の子だったので ...

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第二十四話 日本人になりたかった少女の日記~その2

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2010年2月17日

テレビで初めて見たブラジルのカーニバル。そして今日、水曜日が最終日。「灰の水曜日」と呼ぶそうだ。バチャンにその意味を聞くと、「1年間、待ち望んでいた祭が、今日で終わって、皆、明日から来年を目指して頑張るんだ」と、説明してくれたけど、なぜ「灰」なのか、意味がよく分からなかった。ブラジルはやっぱり日本と違う国だと思った。

マミーが久しぶりにマリンガに来た。土曜日に着いて、今日、サンパウロに戻った。マミーとパパは離婚したの ...

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第二十四話 日本人になりたかった少女の日記~その1

2009年1月26日

なんで?なんでブラジルに帰らなきゃいけないの?ねぇ、本当なの?と、マミーに聞いたが、マミーは忙しそうにキッチンで片付けをしていた。珍しく、そのときは「ジェシカも手伝いなさい」と、言われなかった。

わたしは本当に帰りたくない!「来年、ジェシカは中学生になるんだから、英語をもっと勉強しなさい」と、マミーは言っていた。マミーは、わたしの通っていたブラジル人学校で英語を教えていた。それなのに、急にブラジルに帰ることを決めたので、わたしはびっくり!マミーの考えてることが ...

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