デカセギ・ストーリー

1988年、デカセギのニュースを読んで思いつきました。「これは小説のよいテーマになるかも」。しかし、まさか自分自身がこの「デカセギ」の著者になるとは・・・

1990年、最初の小説が完成、ラスト・シーンで主人公のキミコが日本にデカセギへ。それから11年たち、短編小説の依頼があったとき、やはりデカセギのテーマを選びました。そして、2008年には私自身もデカセギの体験をして、いろいろな疑問を抱くようになりました。「デカセギって、何?」「デカセギの居場所は何処?」

デカセギはとても複雑な世界に居ると実感しました。

このシリーズを通して、そんな疑問を一緒に考えていければと思っています。

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第三十二話 たった5ヵ月のデカセギ生活

マリには子供がいなかったため、夫を早く亡くしてからは仕事一筋だった。

専門学校卒業後、小学校の教員として働きながら大学を終えた。大学で知り合った夫は、「多くの子供に勉強の楽しさを知ってもらいたい」と、マリと同じ志を持っていた。二人は結婚し、その後マリは、隣町の中学校で数学を教えながら、夫が経営する塾を手伝った。

11年後、夫は交通事故で亡くなってしまった。「今からひとりで子供たちに教えていけるだろうか」とマリは悩んだ。

先生を続けるのをためらっていると、「何を言ってるの?小さい頃から本を読むのが大好きで、近所の子供を集めて『学校ごっこ』で遊んでいた子が、大人になって弱音を吐いている場合ではないでしょう?」と、母親は勇気付けてくれ ...

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第三十一話 ユウジは偉い!

ユウジと僕は幼なじみ。小さい頃からずっと一緒で、家も近かった。学校帰りに2人で道草を食い、家に帰ってよく叱られたもんだ。

小学校は一緒だったが、中学生になると僕は私立校へ通うことになった。日本へ出稼ぎに行っていた父の仕送りのおかげで生活は安定し、僕と妹は私立校へ通い、母はパートの仕事をしなくてもよくなった。

学校は違っても、週末には、必ず、ユウジと一緒にサッカーをしたり、流行っていたゲームをやったり、アニメを見たりした。

しかし、それも束の間だった。ある日、学校から帰ると、ユウジは部屋の中で倒れているお父さんを見つけた。お母さんは、まだ仕事先で、2人の兄も夜学に通っていたので帰りは遅く、誰も家にはいなかった ...

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第三十話(後編) ジョアナの大冒険

前編を読む>>

生まれ育った農村から一度も離れたことがなかったジョアナは、49歳の時、娘のルイーザがサンパウロの看護学校に通うことになり、落ち着くまでの間、サンパウロに一緒に住んだ。

郊外に小さな家を借りて、満員のバスで通勤した。娘のためにと、慣れていないことにもいろいろと挑戦した。田舎とは全く違う都会の生活は、ジョアナにとって大冒険だった。

半年後、ルイーザは二人の先輩と同居するようになった。ジョアナは自分の役割は果たしたと、安心して田舎に戻り、再び畑仕事と家事の生活に戻った。

ルイーザは、看護学校卒業が近づいた頃、紹介したい人がいると、実家へ戻ってきた。一緒に来た男性はタケシタ・ノブで、ルイーザと同居していたカオリの兄であった。

ノブは ...

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第三十話(前編) ジョアナの大冒険

子供の頃からジョアナは働き者だった。朝早くに両親と兄3人で畑へ出かけ、11時半に家に戻り、2人の弟と昼飯を食べてから学校へ一緒に通った。

あと3ヶ月で小学校を卒業するという時、母親が重い病気を患った。ジョアナは看病しながら、母親の分の畑仕事もしなければならなくなった。そのため、学校には行けなくなったが、家族のためだと思い、懸命に畑仕事と家事をこなした。

18歳になると隣村の農家に嫁ぎ、すぐに3人の子供に恵まれた。午前中は義母に子供を預け、義父と夫と一緒に畑へ出かけ、午後にはひと足先に家に戻って、子供の面倒を見ながら家事をするのが日課だった。

三男が8歳の時、待ち望んでいた女の子が生まれた。家族は大喜び。長男と次男と三男の名前は夫が選んだが、長女の名前は、ジョアナが選びたいと主張。「私が学校に行けなくなった後 ...

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第二十九話 デカセギの歌

エリックとエミリーは双子の兄妹。5歳のときに両親が離婚し、父親がふたりを引き取った。その2年後、父親が日本へ働きに行くことになり、父方の祖父母がブラジルでふたりの面倒を見ることになった。

祖父は日本食品店、祖母は美容室をそれぞれ営んでいたので忙しかったが、エリックとエミリーは愛情たっぷりに育てられた。

日系二世の祖父母は日本の歌が得意で、エリックとエミリーは小さい頃から日本の童謡や歌謡曲を歌っていた。

エミリーは地元のちびっ子のど自慢大会に出たこともあったが、エリックの方は、本番になると動けなくなるほどパニック状態になってしまうので、人前で歌うのは無理だった。

ふたりは、毎年、父親が休暇を取ってブラジルに戻って来るのを楽しみに待っていた。小学生の頃は、日本のおもちゃとか色鉛筆とかゲームを貰うのが楽しみだったが、中学生になるとお土産より父親と一緒に出かけるのを楽しみにしていた。

積極的なエミリーは父親に「ショッピングへ行こう」と言って、洋服やアクセサリーをたくさん買ってもらい ...

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