アメリカでの差別は十分にわかっていた(英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語)多くの人たちが理解していないのは、私達が話し合いで、特に将校の間で、私達が戦闘部隊としてのタスクをどれだけ真剣にとらえたかということです。私達が史上初めてのアジア系(アメリカ人)の戦闘部隊であることは分かっていました。また、繰り返しませんが(アメリカで差別があることも)わかっていました。私達はアメリカでの不平等な生活については果てしなく話をしました。例えばここロサンゼルスでも、どんなに高学歴であろうと、どんなにきちんとした身なりであろうと、あの頃は銀行の窓口にさえなれませんでした。まあ、女性であれば電話のオペレーターぐらいにはなれましたが、それも部屋の後ろにある見えない場所で働き、表に出るということはありませんでした。どの大企業も公共の場に出るような仕事に(アジア系を)採用することはありませんでした。

ですから、きちんとした服装でネクタイを締めなくてはいけない仕事以外のもの、あの頃は大型スーパーマーケットなんてありませんでしたから、屋台や肉屋の裏で中国人用の(肉を用意する)仕事をしかありませんでした。この様に普通の人には(仕事が)何もなかったのです。ハワイだと銀行の窓口の仕事にはつけましたが、それでも白人より多く働かなくてはならず、しかも給料は少ない、というように賃金格差がありました。このことは表立ってありました。給料の基準が2つあったのです。

日付: 1995年8月28日
場所: 米国、カリフォルニア州
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

100th 442nd discrimination racism

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