Ryusuke Kawai

ジャーナリスト。慶應大学法学部卒。毎日新聞記者などを経て独立、ノンフィクションを中心に執筆。「大和コロニー『フロリダに日本を残した男たち』」(旬報社)、「『十九の春』を探して」、「122対0の青春」(共に講談社)など著書多数。日系2世の作家、ジョン・オカダ著「No-No Boy」の翻訳を旬報社より出版。

(2016年1月 更新)

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孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

第26回 アメリカに帰化、米国籍となる

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、夫(助次の弟)をなくした義理の妹一家にあてて手紙を書きつづける。1967年末、助次はアメリカの市民権を得た。帰国しようかどうか考え続けていたが、このときは宿願がかなったと喜び、これまで生活できたことはアメリカのおかげだとしみじみ語る。長年の功績をたたえられ、地元デルレイビーチ市からは名誉市民の称号を授与された。

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〈61年前、炎熱と蚊の巣窟〉

1967年5月15日

美さん(義妹)、お手紙ありがとう。こちら、別に変りなし。寝て食って怒ったり、どなったりして日を送って居る。歳のせいか、気が短くなって ...

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孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

第25回 80歳、したいことは山ほどある 

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、夫(助次の弟)をなくした義理の妹一家にあてて手紙を書きつづける。1966年、フロリダはハリケーン・アルマに襲われ農作物に大きな被害が出る。助次はこの年の秋に在米60年で80歳を迎える。1966年は最悪の年だったというが、まだしたいことは山ほどあるともいう。

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1966年6月9日

美さん(義妹)、ここ三週間、夏日が連続、降雨の為、例の関節炎に苦しんでいる。雨と寒さが何よりの禁物。目下、今年最初の台風アルマが当半島西海岸に沿って北進中。時速110哩(マイル)。東海岸作物の被害甚大の見込み ...

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孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

第24回 姪に諭す、結婚の7ヵ条

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、夫(助次の弟)をなくした義理の妹一家にあてて手紙を書きつづける。実家を継いだ妹がなくなったこともあったのか、実家の資産の相続にかかわることも助次は心配する。さらに結婚前の姪には、独自の「7ヵ条」を示して諭す。交通事故に遭うといったアクシデントもあるが、ひきつづき造園に励んでいる。

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〈夢の中で日本に帰る〉

1966年1月19日

美さん(義妹)、小包が一つ着きました。包は破損していましたが、中身はOK。久し振りに御馳走になります。こんなおいしい物がふんだんに食えるなんて、つい羨ましくなります。お餅はそのまま冷蔵庫に入れてあります ...

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孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

第23回 故郷にいる妹の死

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、夫(助次の弟)をなくした義理の妹一家にあてて手紙を書きつづける。年齢のため、体のあちこちが痛み気分もすぐれないが、畑仕事への情熱は相変わらずで、桃を植え、ミカンやバナナなども植える予定だという。ただ後継者がいないことが悩み。そんなとき、故郷・宮津で実家を継いでくれていた妹が亡くなったことを知り衝撃をうける。

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〈畑で詩吟をやってみる〉

1965年3月24日

明ちゃん(姪)、最近京都の一知人から手紙が来た。あんたと同年で銀行で働いている。入社してから満5年になる。この人は銀行の事は一通り判ったし、かなりまとまった貯金も出来たから、多年あこがれのアメリカへ行って半年か一年暮らして見たい ...

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孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

第22回 池は出来た。小魚を放った。

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、夫(助次の弟)をなくした義理の妹一家にあてて手紙を書きつづける。自分の土地に果樹園や庭園をつくることに熱心な助次は、池を完成させ、魚を放ったことを報告する。大きなトラクターも買い、さらに住宅も建設すると夢を語っている。周りの人から何と言われようと、自分の進む道を行くという。

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〈日本からは年賀状一つ来ず〉

1964年1月15日

美さん、小包、今日うけ取りました。色々珍しい品、本当にありがとうございました。今年は日本からは年賀状一つ来ず、予期してた事ながら天涯孤独、寂しさを感じさせられました。

Xマスにはお隣へディナーに招かれ、ターキーを御馳走になりました ...

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