Ryusuke Kawai

ジャーナリスト。慶應大学法学部卒。毎日新聞記者などを経て独立、ノンフィクションを中心に執筆。『大和コロニー「フロリダに日本を残した男たち」』(旬報社)、『「十九の春」を探して』、『122対0の青春』(共に講談社)など著書多数。日系2世の作家、ジョン・オカダ著『No-No Boy』の翻訳を旬報社より出版。『大和コロニー』は、「Yamato Colony: The Pioneers Who Brought Japan to Florida」として、University Press of Floridaより英語版が出版。

(2018年3月 更新)

identity ja

孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

第28回 これまでの文通は数百回 

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、夫(助次の弟)をなくした義理の妹一家にあてて手紙を書きつづける。アメリカ生活が長くなったせいか、これまで欲していた日本の書籍をあまり読まなくなったという。農作に失敗し持病がすぐれないことも多いようだ。しかし、農園づくりはあきらめていない。姪の再婚話に親身になって相談にのり、アドバイスをしている。

* * * * *

〈日本の炬燵を思い出す〉

1969年1月12日

玲さん(姪)、先日はお手紙有難う。久し振りの賀状と便り、意外でした。故国からの音信はほとんど途絶えただ一人の弟さえも忘れがちです。何年経っても生まれ故郷は恋しい。幹男(甥)の疎開は初耳でした ...

Read more

identity ja

孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

第27回 夢なき人生は無意味 

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、夫(助次の弟)をなくした義理の妹一家にあてて手紙を書きつづける。前年アメリカの市民権を得てなにか一つふっ切れたのか、1968年は、自然に親しみ落ち着いた生活をしていると報告する。その一方で、人生は夢の連続、夢なき人生は無意味と豪語し、数年来打ち込んでいる自分が思い描く農園づくりに励んで必死になっている様子を示している。

* * * * *

〈宮津の新聞送って〉

1968年1月×日

明ちゃん(姪)、気分は如何だ。宮津へ行った際、市役所か、商業会議所(商工会議所)でいま、宮津で新聞があるか聞いて貰いたい ...

Read more

community ja

孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

第26回 アメリカに帰化、米国籍となる

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、夫(助次の弟)をなくした義理の妹一家にあてて手紙を書きつづける。1967年末、助次はアメリカの市民権を得た。帰国しようかどうか考え続けていたが、このときは宿願がかなったと喜び、これまで生活できたことはアメリカのおかげだとしみじみ語る。長年の功績をたたえられ、地元デルレイビーチ市からは名誉市民の称号を授与された。

* * * * *

〈61年前、炎熱と蚊の巣窟〉

1967年5月15日

美さん(義妹)、お手紙ありがとう。こちら、別に変りなし。寝て食って怒ったり、どなったりして日を送って居る。歳のせいか、気が短くなって ...

Read more

community ja

孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

第25回 80歳、したいことは山ほどある 

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、夫(助次の弟)をなくした義理の妹一家にあてて手紙を書きつづける。1966年、フロリダはハリケーン・アルマに襲われ農作物に大きな被害が出る。助次はこの年の秋に在米60年で80歳を迎える。1966年は最悪の年だったというが、まだしたいことは山ほどあるともいう。

* * * * *

1966年6月9日

美さん(義妹)、ここ三週間、夏日が連続、降雨の為、例の関節炎に苦しんでいる。雨と寒さが何よりの禁物。目下、今年最初の台風アルマが当半島西海岸に沿って北進中。時速110哩(マイル)。東海岸作物の被害甚大の見込み ...

Read more

community ja

孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

第24回 姪に諭す、結婚の7ヵ条

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、夫(助次の弟)をなくした義理の妹一家にあてて手紙を書きつづける。実家を継いだ妹がなくなったこともあったのか、実家の資産の相続にかかわることも助次は心配する。さらに結婚前の姪には、独自の「7ヵ条」を示して諭す。交通事故に遭うといったアクシデントもあるが、ひきつづき造園に励んでいる。

* * * * *

〈夢の中で日本に帰る〉

1966年1月19日

美さん(義妹)、小包が一つ着きました。包は破損していましたが、中身はOK。久し振りに御馳走になります。こんなおいしい物がふんだんに食えるなんて、つい羨ましくなります。お餅はそのまま冷蔵庫に入れてあります ...

Read more