Ryusuke Kawai

ジャーナリスト。慶應大学法学部卒。毎日新聞記者などを経て独立、ノンフィクションを中心に執筆。『大和コロニー「フロリダに日本を残した男たち」』(旬報社)、『「十九の春」を探して』、『122対0の青春』(共に講談社)など著書多数。日系2世の作家、ジョン・オカダ著『No-No Boy』の翻訳を旬報社より出版。『大和コロニー』は、「Yamato Colony: The Pioneers Who Brought Japan to Florida」として、University Press of Floridaより英語版が出版。

(2018年3月 更新)

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カリフォルニア、謎の若松コロニー異国で亡くなった悲運、おけいの墓を訪ねて ~ その2

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プロシア人に率いられて太平洋を渡る

会津が官軍に攻め入られ鶴ヶ城が陥落したのが1868年秋、この翌年の春までに、会津を出てカリフォルニアにわたった一団があった。

当時、会津藩にオランダ国籍のプロシア人でヘンリー・シュネルなる人物がいた。武器商人で、会津藩と米澤藩の軍事顧問であり、かつ奥羽越諸藩同盟越後方面軍の参謀でもあった平松武兵衛という日本名をもつこの男が、会津から二十数人を率いて、カリフォルニアで入植事業を企てたのだ。

彼の妻は日本人(会津藩士または庄内藩士の娘ともいわれる)で、2人の間にできた子供の世話係として、おけいはこの移住計画に加わったと見られている。

横浜から米船籍のチャイナ号という船に乗った一行は、サンフランシスコに到着。そこからは蒸気船でサクラメント川を遡り、さらに荷馬車でゴールドラッシュで金鉱堀が盛んだった土地に近い、コロマ村のゴールドヒルという原野に落ち着いた。

シュネルは農園をつくるため土地を購入し、「Wakamatsu ...

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カリフォルニア、謎の若松コロニー異国で亡くなった悲運、おけいの墓を訪ねて ~ その1

幕末から明治にかけての会津藩をめぐる物語には、どこか同情を誘うところがあり、歴史好きのなかにも会津ファンは多いという。戊辰戦争で官軍(会津では西軍と呼ぶ)につぶされ、極寒の下北半島に斗南藩として減封され辛苦を味わった会津。

「いまも会津の人々には当時のわだかまりがあって、城下町は独特の雰囲気を醸し出しているのだろうか」

などと勝手に思い込みながら5月の連休のあと会津若松を訪れてみると、それはこちらの過剰な反応で、まちはNHKの大河ドラマ「八重の桜」の人気にあやかり、全国各地から観光客が訪れ華やいだ雰囲気だった。

会津のシンボル鶴ヶ城を囲む城址公園には、淡いピンクの桜がまだ残っていた。

ドラマの舞台裏などを紹介するための「大河ドラマ館」をはじめ、周辺には復元された会津武家屋敷、白虎隊士が眠る飯盛山、そして藩士を教育した日新館など史跡、観光スポットは多い。

語り継がれる歴史秘話 ...

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国力が弱まった今こそ情報発信力を高めよ:日系社会との連携が1つのポイント - その2

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アニメ、ドラマは健闘しているが・・・

日本からの発信力が高まっている例としては、アニメやドラマなどのテレビ放送を挙げる。日本のテレビ番組の輸出額は2010年度62.5億円で、内容別に見ると、最も多いのはアニメ(47%)で、次いでバラエティー、ドラマ、スポーツなどとなっている。

輸出先は、アジアが50%で、ついで北米(25%)、ヨーロッパ(20%)となっている。日本におけるテレビ番組の輸出入バランス(時間)は ...

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国力が弱まった今こそ情報発信力を高めよ:日系社会との連携が1つのポイント - その1

あまり一般には知られていないが、毎年秋、海外日系人大会(主催:公益財団法人海外日系人協会)が都心で開かれている。各国の実情を報告し合い、国際交流、国際理解を深めることを目的に世界各地の日系人が集まる。

その大会に関連して海外における日本語新聞など日本語メディアの関係者が集まる海外日系新聞放送大会も毎年開かれている。

海外にあってその国に在住する日本人に向けて日本語で情報を発信するというユニークなこれらのメディアは、東京に本社を置く大メディアとは違った視点や目的から情報を発信している。

このなかには戦前の移民社会のなかから生まれた古いメディアもあれば、生活情報などに主眼を置いたメディアもあり、紙という媒体から電波、ウェブとその形態も多様化している。

もともとは現地の読者、視聴者に対象を特化していたこうしたメディアもインターネットの普及によって、世界中の日本語を解する人に向けて、ローカルなニュースをグローバルに発信することが可能になった。

一方、これらは日本の情報をさまざまな地域で広めるという役割を果たしている。また、言葉は日本語だが、現地の日系社会などをを通して現地の人々 ...

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戦時中の米国、中国系少年と日系少女の悲恋ベストセラー「あの日、パナマホテルで」から読み取るものは ― その2

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多様な登場人物と効果的なジャズ

そんなとき、長い間閉鎖されていたパナマホテルの変化に出合う。オーナーが代わり長年保管され忘れられていた日系人の家族の荷物が発見されたのだ。そこにはケイコにつながる2人の思い出のものがあるかもしれなかった。

それは見つかった。過去が蘇り、いまの自分との距離を徐々に埋めていき、最後は過去をいまのなかに生かしていく。

物語は、「戦時中の日系人が置かれた状況」という重たい背景もあるが、一方で公私ともに第一線を離れ少し虚ろな中高年が、過去を振り返るという普通のノスタルジーが全編に漂う。久しぶりの同窓会で、思い出のだれかと出会い、昔の自分と向き合ったとき、そこには一抹の感傷がある。そういうメランコリックな要素もこの作品は十分備えている。

また、登場人物として、ちょっと荒っぽいがなにげなく2人を助ける、学校のカフェテリアで働く白人女性のミセス・ビーティ ...

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