孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

20世紀初頭、フロリダ州南部に出現した日本人村大和コロニー。一農民として、また開拓者として、京都市の宮津から入植した森上助次(ジョージ・モリカミ)は、現在フロリダ州にある「モリカミ博物館・日本庭園」の基礎をつくった人物である。戦前にコロニーが解体、消滅したのちも現地に留まり、戦争を経てたったひとり農業をつづけた。最後は膨大な土地を寄付し地元にその名を残した彼は、生涯独身で日本に帰ることもなかったが、望郷の念のは人一倍で日本へ手紙を書きつづけた。なかでも亡き弟の妻や娘たち岡本一家とは頻繁に文通をした。会ったことはなかったが家族のように接し、現地の様子や思いを届けた。彼が残した手紙から、一世の記録として、その生涯と孤独な望郷の念をたどる。

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番外編: 森上助次を撮影したカメラマン・諏訪徹 — 庭園の仕事から国際的なフォトジャーナリストに — その1

フロリダに「森上ミュージアム・日本庭園」として、「森上(Morikami)」の名を残した京都府出身の森上助次(ジョージ・モリカミ)の晩年の姿を写真におさめたのが、当時パームビーチ・ポスト紙のカメラマンだった諏訪徹(スワ・アキラ)氏だった。1960年代、諏訪さんもまた、夢を描いてアメリカにわたった一人。渡米後にプロのカメラマンとなってアメリカ国内をはじめ世界をめぐってきた諏訪さんについてご紹介したい。

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堀江謙一や小田実に感化され 

諏訪さんは、最初からカメラマンを志望してアメリカにわたったわけではなかった。ある種の偶然と、趣味で培った写真の技術がアメリカで生きていくきっかけになった。

大阪出身の諏訪さんは ...

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最終回 夢と孤独と望郷と‐森上助次の人生 

20世紀のはじめ、アメリカのフロリダ州に日本人による入植事業があったことはあまり知られていない。「大和コロニー」と呼ばれた“日本人村”が生まれ、パイナップルや野菜作りが行われた。しかし厳しい自然条件や地価の高騰などで、コロニーは戦前に解体し、ほとんどの入植者は去っていった。

そのなかで最後まで現地にとどまり、取得した広大な土地を地元に寄付したことで、その名を現地に残した森上助次(ジョージ・モリカミ)は、生涯独身で質素な暮らしをつづけ、日本に一度も帰ることなく1976年2月に89歳の生涯を閉じた。

森上は、どんな気持ちでなにを考えてひとり、縁もゆかりもない異国の地で孤独のうちにも夢を描いて生きてきたのか。それを探るために「孤独な望郷」と題し、これまで彼が日本の義妹一家に送り続けてきた大量の手紙を整理し ...

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 第39回 すごい人だった、伯父助次

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、夫(助次の弟)をなくした義理の妹、岡本みつゑさん一家にあてて膨大な数の手紙を送り続けた。これまでその手紙を紹介しながら助次の半生をたどってみたが、この手紙は、みつゑさんの二女で助次の姪にあたる三濱明子さんが長年保管してきたものだった。京都府木津川市に住む明子さんに、手紙をあらためて読み直してもらい、伯父の助次についてきいてみた。

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〈一度も会ったことなく手紙だけで〉

ーー 戦後1950年代から、ずいぶんたくさんの手紙が助次さんから来たようですが、よくこれだけ捨てずに保管しておきましたね。

三濱: 私ひとりだけに来たものではなく、最初は母のところにずっと来ていて、その後姉と私のところにもきたものがたくさんあります。母も姉ももういなくなったので、それらをまとめて私がとっておきました。

伯父 ...

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第38回 アメリカに来て70年、長い夢だった 

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、夫(助次の弟)をなくした義理の妹一家にあてて手紙を書きつづける。さまざまな病をかかえ、体調を崩しながらもアメリカに来てから70年目を迎えたことや、数えで90歳となったことに感慨を覚え、故郷を去って以来一度も会わず先に逝った父母や兄弟のことを思い涙ぐむ。その一方でこれまでの年月を振りかえり、「何もできなかった」、「長い夢にすぎなかった」と嘆息する。

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〈新しい家がどんどん建つ〉

1975年7月26日

玲さん(姪)、暫くご無沙汰した。私の気分は別に変らぬ。よかったり悪かったりだ。ゴタゴタもあり不機嫌になることもある。物価は肉類の外は少し下向きだ。衣類、家具は投げ売り同然で ...

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第37回 地獄の門一つ手前で助かる

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、夫(助次の弟)をなくした義理の妹一家にあてて手紙を書きつづける。土地寄付の記事が新聞に出たため、アメリカ国内だけでなく日本からも含めて百通近くの手紙が来たが、そのほとんどが「金の無心だ」と呆れる。体が自由に動かないといいながらもトラクターに乗ることもあるようだが、あるとき溝にはまって転倒し投げ出された。「地獄の門一つ手前で助かった」という。

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〈もう本は送るな〉

1975年1月

玲さん(姪)、お手紙や本を沢山ありがとう。この本は新刊だろう、読んだあとがない。殆どが自己批判だ。私には何の興味もない。読書は唯一の慰め ...

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