Ryusuke Kawai

ジャーナリスト。慶應大学法学部卒。毎日新聞記者などを経て独立、ノンフィクションを中心に執筆。『大和コロニー「フロリダに日本を残した男たち」』(旬報社)、『「十九の春」を探して』、『122対0の青春』(共に講談社)など著書多数。日系2世の作家、ジョン・オカダ著『No-No Boy』の翻訳を旬報社より出版。『大和コロニー』は、「Yamato Colony: The Pioneers Who Brought Japan to Florida」として、University Press of Floridaより英語版が出版。

(2018年3月 更新)

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一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第3回 全米を走破し1世を訪ねる

加藤新一が「編者」となっている「米國日系人百年史」(1961年12月刊行)は、アラスカ、ハワイを除く米国本土の日系人の足跡を追ってまとめている。太平洋岸など日本人が多く移住し活動してきた州は、州ごとに多くのページを割き、カリフォルニア州だけは北部、中部、南部に分けて紹介している。

その他は「中央北部三州」や「中部大西洋岸諸州」、「南部沿岸諸州」のように地理的なまとまりでひとくくりとし、その中で州や地域に分けて紹介している。細かくみると、「ケンタッキー州」と「テネシー州」については触れていないが ...

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一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第2回「百年史」はだれが書いたか

いまや世界中いたるとことろで日本人が暮らしていることを私たちは知っている。それでもテレビ番組などで、こうした移民や移住者のことを見聞きするにつけ「どうしてこんなところに日本人が」、「なぜこの人はそこにいるのだろう」という素朴な疑問と驚きを覚えることがある。

私の場合、かつてアメリカのフロリダにあった日本人のコロニー(村)と、そこに集まった人たちについて知ったときが、そうした最初の例だった。1990年代のことである。カリフォルニアなど太平洋岸には日本人が移民し、多くの日系人がいることは誰もが知るところだが、アメリカでは日本からもっとも離れた大西洋岸の南端のフロリダ州に、明治時代に入植した日本人がいたことは意外というしかなかった。

さらに、コロニーは戦前に解体して、入植者のほとんどが現地を離れるか、日本に帰ってしまうが、最後まで残ったひとりの男が、買い集めた土地を地元に寄付し、それがもとになって南フロリダに立派な日本庭園と博物館ができたという事実には、その裏にいろいろドラマがあったのではないか ...

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一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

第1回 人の一生を追うということ

1960年、全米を自動車で駆けめぐり日本人移民一世の足跡を訪ねた男がいる。翌年末、その記録を『米國日系人百年史〜発展人士録』(新日米新聞社)にまとめた加藤新一(当時61歳)である。広島出身の彼はカリフォルニアへ渡り、太平洋戦争前後は日米で記者となった。自身は原爆の難を逃れながらも弟と妹を失い、晩年は平和運動に邁進した。日米をまたにかけたその精力的な人生行路を追ってみる。

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人の人生を追うむずかしさ

ノンフィクションを書くために、ひとりの人間の一生をたどろうとしたことは、何度もあるが、明治以降に生きた人でも、普通の人の人生を明らかにするのは簡単なことではない。名もない普通の人の人生は、本人や家族が亡くなってしまい代が変わると、意外にわからない。

田舎の旧家のように代々同じところに住み続け ...

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孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

番外編: 森上助次を撮影したカメラマン・諏訪徹 — 庭園の仕事から国際的なフォトジャーナリストに — その2

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時間をかけて親しくなる

諏訪さんは助次の人柄について「ものすごいいい人だし、親切だ」という印象を抱いた。が、その格好には内心呆れた。薄汚れたシャツと半ズボンで薄くなったぼさぼさの髪に、細い針金のようにもじゃもじゃの顎髭を伸ばしている。四部屋ある細長いトレーラーハウスのなかは、とにかく汚れていた。

その後も何度か、休みのたびにカメラは持たずにただ助次のもとを訪ねては、パイナップル栽培のことなどをきいてみた。トレーラーハウスには扇風機があったがエアコンはなくドアはあけたままだった。普通のベッドがあったが使っていないようで、いつも小さなベッドで寝起きしていた。

汚れたテーブルの上にはインスタントコーヒーのネスカフェの瓶や調味料、アルミの皿などが乱雑に置かれていた。入り口には盆栽風の松らしきものが鉢やバケツにおさまっている。森のなかのような孤立した暮らしだが、そんなところにも畑でとれたパイナップルやバナナを直接買いに来る人がいた。

諏訪さんは、汚い室内や暮らしぶりをみてなんだか助次が哀れに思えた ...

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孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

番外編: 森上助次を撮影したカメラマン・諏訪徹 — 庭園の仕事から国際的なフォトジャーナリストに — その1

フロリダに「森上ミュージアム・日本庭園」として、「森上(Morikami)」の名を残した京都府出身の森上助次(ジョージ・モリカミ)の晩年の姿を写真におさめたのが、当時パームビーチ・ポスト紙のカメラマンだった諏訪徹(スワ・アキラ)氏だった。1960年代、諏訪さんもまた、夢を描いてアメリカにわたった一人。渡米後にプロのカメラマンとなってアメリカ国内をはじめ世界をめぐってきた諏訪さんについてご紹介したい。

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堀江謙一や小田実に感化され 

諏訪さんは、最初からカメラマンを志望してアメリカにわたったわけではなかった。ある種の偶然と、趣味で培った写真の技術がアメリカで生きていくきっかけになった。

大阪出身の諏訪さんは ...

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