新舛與右衛門 ー 祖父が生きたシアトル ー

山口県長島の漁村からシアトルへ渡り理髪業で大成するも、不慮の事故で早世した新舛與右衛門。そんな祖父の人物像とシアトルでの軌跡を、定年退職後の筆者が追う。

*このシリーズは、シアトルのバイリンガルコミュニティ紙「北米報知」とディスカバーニッケイによる共同発行記事です。同記事は、筆者が日本大学通信教育部の史学専攻卒業論文として提出した「シアトル移民研究―新舛與右衛門の理髪業成功についての考察―」から一部を抜粋し、北米報知及びディスカバーニッケイ掲載向けに編集したものです

 

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第1回 蒲井からシアトルへ

蒲井

山口県の上関町蒲井(かみのせきちょう・かまい)は、瀬戸内海にある長島という細長い島の南側に位置する海辺の村だ。現在は上関大橋で本土と陸続きになっているが、1960年代までは本土との橋もなく、交通手段は船だけ。当時、家屋約100軒、人口約400人程度の寒村だった。

筆者の生家には、90歳を超えた「おじいさん」の甚蔵(じんぞう)と祖母のアキがいた。てっきり二人は夫婦だと思っていたのだが、甚蔵は私の曾祖父だったと成長してから知った。祖母・アキの夫は、與右衛門(よえもん)という名で ...

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