ツールレイクからミニドカ収容所への移動(英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語)ミニドカ収容所の建物もツールレイク収容所と同じタイプのものでした。私の父と母は、パインデール集合センターで同じ部屋を共有していたウエジ家族と、ミニドカ収容所でも偶然また同じ部屋を共有することになりました。私と息子は、アーバーン(ワシントン州)に住んでいたころから知っていたご家族の娘さんとそのご主人と一緒の部屋になりました。部屋の真ん中を毛布で仕切り、あちらのご家族と私たちのセクションを分けました。その隣(の部屋)にはその娘さんのご両親が住み、反対側には私の知らない家族-その後知り合いになりましたが-が住んでいました。ミニドカ収容所も同じように、(ひとつの建物が)だいたい4つか5つに仕切られていて、だるまストーブとベッドがあるだけでした。

私は、タデさんという男の人がツールレイク収容所で余った材木を使って作ってくれたテーブルを、分解してアイダホ州(ミニドカ収容所)に持って行き、あとで組み立てるつもりで保管していたのですが、石炭ストの時、間違って机の脚を何本か燃やしてしまいました(笑)。

日付: 2004年9月15・17日
場所: 米国、ワシントン州
Interviewer: アリス・イトウ
Contributed by: Denshō: The Japanese American Legacy Project.

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