南米の日系人、日本のラティーノ日系人

日本在住日系アルゼンチン人のアルベルト松本氏によるコラム。日本に住む日系人の教育問題、労働状況、習慣、日本語問題。アイテンディティなど、様々な議題について分析、議論。

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Nikkei and War: 30 Years After My Participation in the Malvinas War

Migration from Japan officially began more than 150 years ago, starting with Japanese arriving in Hawaii, the United States, and Canada, and later Peru and Brazil just over 100 years ago. During that time, Japan has faced several wars, notably with China (1894-95), Russia (1904-05), and several Asian countries as a result of the imperial occupation that began in the 1920s. And finally, World War II, a grueling conflict with the United States. Each of these events brought a great deal of uncertainty and misery to Japanese migrants.

In the late 1930s, there were about 300,000 Japanese and Nikkei ...

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Carlos Kasuga: An Example of Nikkei Leadership in the Americas

Any Nikkei leader in the Americas either personally knows or has heard of Carlos Kasuga because of his achievements as a businessman in Mexico, or because of his role in the Nikkei Panamerican Association. Not many are familiar, however, with the story of his migration from Japan to Mexico. According to the Encyclopedia of Nikkei of the American Continent Americano1, it all began with Enomoto’s efforts to establish a settler colony in Chiapas in 1897. Enomoto was quite the celebrity, having served as Minister of Foreign Relations in the Meiji government, although he had initially fought against the ...

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日系次世代リーダーズフォーラムの意義と効果

数年前から日本の外務省は中南米の次世代日系指導者を招へいしている。私は、外務省中南米局の依頼によって、6年前からこの事業に関わっている。タイトな日程の中、招へいされた日系人らは、各関係機関やときには内閣総理大臣とも面会する機会を得る。これは、将来日系コミュニティを率いるリーダとして日本との架け橋になってほしいと、日本政府が期待しているからである。私は、海外日系人とののネットワークをもっと強化し形にしたいという日本政府の思惑を常に感じてきた。

2018年6月、外務省は15人の次世代日系指導者を招へいした1。彼らは、JICA市ヶ谷ビルの国際会議場で行われた外務省とJICAの共同主催による特別企画、「中南米日系社会ネクストリーダーズ・フォーラム〜日本と中南米の架け橋を目指して2」という会合へ参加し、意見交換を行った。この会合には、日本にいる日系留学生や在日日系人を支援している団体 ...

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メキシコ榎本殖民団に「海外移住の夢」を託した榎本武揚という人物 ― その2

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殖民団をメキシコのチアパス州へ

榎本武揚は、外務省を去った後も、海外殖民への夢を追い続けた。1893年に殖民協会を設立し、海外殖民を送る事業を立ち上げた。

1888年にすでに日本と修好通商条約を提携し、1891年には中南米初の領事館が開設されていたメキシコに目を付けた。当時メキシコを統治していたのはポリフィリオ・ディアス政権で、1876年クーデーターによって誕生し35年間に及ぶ長期政権を樹立した。国内開発のため、外国資本を積極的に導入し、産業の近代化を図るとともに、移民を誘致していた。日本政府が調査にあたらせたところ、農業で大きな利益が得られるだろうという報告結果がすでにでていた。

そのため、同協会は、幹事の根本正(ねもと・しょう)1を1894年7月から95年3月の間にメキシコやブラジル ...

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メキシコ榎本殖民団に「海外移住の夢」を託した榎本武揚という人物 ― その1

明治維新から始まった日本人の海外移民は、ハワイ王国に第一陣が到着してから昨年の2018年で150年になった。その後アメリカ本土と中南米にも多くの日本人が移住した。メキシコへの最初の移民は、1897年にチアパス州エスクイントラに入植した「榎本殖民団」である。このグループは、明治政府の元外務大臣、榎本武揚によって推進された移民団体だ。しかし、事前の調査不足や土地や気候の不完全な情報、資金不足ゆえに1年もしないうちにその多くが殖民地から逃亡。1901年に殖民地は事実上崩壊した。しかし、この地に残った移民6人が日墨協働会社を設立。メキシコ革命による内戦の影響を受けながらも、様々な事業を展開し、メキシコ社会へ多大な貢献をしたとして、榎本殖民団の名は今でもよく知られることとなった1。今回は、榎本武揚が、幕末から明治維新にかけての動乱の時代をどのように生き、彼がなぜメキシコへ殖民団を送ったのかを見ていきたいと思う ...

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