Os nikkeis da América Latina e os nikkeis latinos

O professor Alberto Matsumoto discute as distintas facetas dos nikkeis no Japão, desde a política migratória com respeito ao ingresso no mercado de trabalho até sua assimilação ao idioma e aos costumes japoneses através da educação primária e superior. Ele analiza a experiência interna do nikkei latino com relação ao seu país de origem, sua identidade e sua convivência cultural nos âmbitos pessoal e social no contexto altamente mutável da globalização.

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Carlos Kasuga, um exemplo de líder nikkei nas Américas

Qualquer dirigente nikkei no continente americano conhece em pessoa ou ouviu falar do Sr. Carlos Kasuga, seja devido ao seu sucesso como empresário no México ou às suas atividades institucionais na Associação Panamericana Nikkei. Ainda assim, não são muitos aqueles que conhecem a história da imigração japonesa para o México. De acordo com a Enciclopédia dos Nikkeis do Continente Americano1, tudo começou com Enomoto e sua expedição de colonização a Chiapas em 1897. Enomoto é uma figura interessante, pois havia sido ministro das Relações Exteriores durante o ...

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二世代目以降の「県人会」と今後の架け橋としての役割

近年、南米の日本人移住者と出身県との交流ツールだった「県人会」の形態や役割が変わってきた。戦前は、同郷の人が集まり限られた情報を交換する場であり、残された家族との連絡を橋渡しする機関であった。戦後になると各県からの助成を得て運営する県人会も増え、特に日本が経済大国になった70年代から90年代ぐらいにかけては、各県の助成金をもとに日系二世や三世の短期研修や農業後継者育成や中期留学を援助したり、高齢移住者の里帰り支援や県の若者南米派遣交流事業を展開する県人会もでてきた。移住先では、農村部や都市部にかかわらず、県人会は仲間を助け、親睦を図ってきた。

JICAや研究者の統計によると、戦前だけでもハワイを含むアメリカ大陸には65万人の日本人が移住しており、都道府県別にみると、広島(96,848)、沖縄(72,227)、熊本 ...

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「コラボラドーレス会議2018」とブラジル地方の日系社会訪問

2018年8月末、厚生労働省の招へいでブラジルのサンパウロで開催された「コラボラドーレス会議:現代の日本〜在日ブラジル人の日本社会への統合」という国際シンポジウムに出席する機会を得た。私はこの会議に参加するのを機に、地方の日系コミュニティも訪問した。

「コラボラドーレス会議」は、日本政府が1990年代に設置したブラジル人日系就労者をサポートするために設立されたCIATE1(国外就労者情報援護センター)が毎年企画している会合である。ブラジル人やペルー人が就労目的で来日し始めてから30年、現在日本に在留しているブラジル人は19万人、ペルー人は4万8千人で、そのほとんどがすでに定住している。しかし、他の国の日系人より日本社会への統合があまりスムーズでないケースもあり、未就学になっている子弟や低い高校進学率という教育問題が指摘されている。そのため、今回は特に日本各地の集住地区に在住しているブラジル人の社会統合が十分でないという問題意識からのシンポジウムであった。

この会合には著名な専門家やブラジル外務省の高官、元就労者 ...

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平成時代の日本と定着した南米日系就労者たち

2019年、この日本では「平成」が終わり「令和」という元号になった。31年にわたる平成時代は、南米から渡日した日系就労者の歴史とほぼ重る。1980年代後半のバブル期は、製造業界における深刻な人手不足問題を解決するため、政府は入管法を改正し南米からの日系二世や三世及びその配偶者が日本で制限なく働けるようにした。当時、多くの中南米諸国では経済が低迷し、失業率も貧困率もかなり高く、80年代のペルーではゲリラによるテロ活動が起きていた。私の出身国アルゼンチンでは年間5千パーセントというハイパーインフレが発生し、現地通貨ペソでの平均月給がドル換算で250ドル前後だったことを覚えている。そして、ブラジルやペルーの平均月給はもっと低かったのである1

一方、90年代前半の日本はバブル最盛期からその陰りが出始めたころだったが、我々にはその予兆さえ全く感じられなかった。私は1990年4月に国費留学生として来日したが、アルゼンチンでは感じたことがないすごい好景気にあると思ったことを記憶している ...

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ハワイの「GANNENMONO」と「日系レガシー」

2018年6月、日本人の海外移住史にとって大きな行事がハワイのホノルルで開催された。それは、ハワイ日本人移民150周年を祝う「Gannenmono」式典であり、日本から秋篠宮同妃殿下がご臨席され、政府からは元自衛隊幹部の佐藤正久外務副大臣、JICAの北岡伸一理事長等が出席された。ハワイの代表者として、イゲ州知事、アリヨシ元州知事、アメミヤホノルル市長代理、アイリン・ヒラノ・イノウエ日米カウンシル会長(故ダン・イノウエ上院議員の妻)、マツダ元ハワイ大学総長などが参加された。私も初めてハワイを訪問し、この式典と同時に開催された海外日系人大会に参加した。

日本人労働者がハワイのサトウキビ畑で働くために初めて海外に行ったのは今から150年前の1868年。幕末から日本とハワイは交流があり、1860年には幕府使節団の「咸臨丸 ...

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