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南米の日系人、日本のラティーノ日系人

在日二世代目の日系ラティーノの挑戦

教鞭をとっている静岡県立大学国際関係学部の教え子であり、関かおり(ブラジル出身)と前川ヒデキ(ペルー出身)である。前者は、今年から社会人で、後者は、今ペルーで語学留学中である。

日本に南米の日系就労者が来日してからすでに四半世紀が経っている。1990年の入管法改正前から滞在している人を含めればもう30年にもなるのだが、その間日本や世界の経済情勢そして南米諸国の経済回復等によって、多くのものが行ったり来たりし、一度は日本から引き揚げたにもかかわらず近年また戻ってきたものもいる。いずれにしても入管統計によると、17万人のブラジル人、4.7万人のペルー人、その他数千人ずつのアルゼンチン人、ボリビア人、パラグアイ人がこの日本に定住している。これ以上増えることは今のところなく、ほとんどがかなりの年数をこの日本で生活しており、家庭を設け、子供達も日本の公教育を受けている。

その子弟は、日本で生まれても親の国籍を維持しているため、ほぼ日本人であっても、ブラジル人、ペルー人である。そして、在日ブラジル・ペルー人二世という位置付けもできる。外国にルーツを持つ子弟という言い方もしているが、本人たちの多くは「日本人」と思っていることが多い。

こうした若者の話を聞くために、慶応義塾大学の柳田利夫教授と目白大学の赤木妙子教授はPJECA研究会のもと、「日本のペルー人〜日本社会で働く」という内容で定期的にパネルディスカッションを開催している。毎回、在日二世の若者を招待し、これまでの教育・職場体験などについて話してもらい、一般の参加者と意見交換やミニ・ワークショップを行っている。

「日本のペルー人IIIー日本社会で働く」パネルディスカッション、2016.9.4 JICA横浜で開催、PJECA研究会・Amigo Project・APJペルー日系人協会主催、JICA横浜・海外移住資料館・海外日系人協会・Kyodai Remittance後援、パネリストとして、山城ロサリン(株式会社ラティーノ(旅行会社))、大城アンドレア(カリカチュア・ジャパン、現在はフリークリエーター)、岸本ノリイチ(株式会社田崎アサヒ)がプレゼンを行った。

これまで幾つかに出席し、また個人的に親交のあるそうした大学生や教え子の話も聞いてきたが、一人ひとりの経緯や家庭環境も様々で、日本で100%生まれ育った子もいれば、幼い頃に来日したにもかかわらず中学生になった時に親の都合で急に本国に戻り現地ではゼロからスペイン語で教育を受けることになったものもいる。また、日本の大学に在籍しながら休学して本国でスペイン語もしくはポルトガル語を磨くために1年から2年間私費留学するものもいる。

こうした場に出てくる若者は、苦労を重ねながらも一定の教育をどちらかの国で終え、今は日本で職に就いていることが多い。高卒、専門学校卒、大卒、それぞれ学歴も異なるが、共通しているのは努力家で、失敗や挫折を繰り返しても立ち上がり、今はそうした試練や家族の支えに感謝していることである。中学生の頃にいじめや孤独を味わい、それでも英語の弁論大会で好成績を修めたことでそれを突破口にして前進したものもいれば、ペルーで自分のアイデンティティーや役割を意識することで日本に戻って大学へ進んだケースもある。どの若者にも迷いはあり、悔しい理不尽な体験は万とある。しかし、見守ってくれた家族や友人、そして特に中学・高等学校の先生達の存在がいつも大きいということが伺える。教員の一言や適切なアドバイスが、異なった文化や家庭環境というバックグランドをプラスに捉えるようになり、社会人になっても、どの場でも、自分の強さを主張することができるようになったという事例が多い。その結果、どちらの社会に対しても寛容的かつ冷静に短所と長所を見るようになり、どのようにしたら自分の力を最も発揮できるかを考えるようになる。もちろん、このコツを掴むにはかなり時間がかかるのも事実である。

日本という国と社会は、異なったものに対してはまだ閉鎖的なところがあるが、それは本国(外国)でも同様である。しかし、今後はそうした要素や教育、語学力、思考力を持った人が、どの分野でも必要になってくる可能性が高い。大手商社や外資系企業だけではなく、一般の店や商業施設、地方行政でも、例えば外国人観光客が今の倍に増えれば、当然人手不足になるぐらい、日本で教育を受けた外国人子弟が必要になってくる。日本のことがわかって、なおかつ外国語や外国のスタンス、慣習および考え方等をマネジメントできる人材はどの場でも必要になる。

ペルーやブラジルに一時的戻った在日二世の多くは、日常の生活で何気なく親のルーツや生活スタイルを知ることになるが、そこで発見するもっとも大きなことは、日本のように諸制度が十分に機能していないことや、教育や医療、交通インフラなどが未整備だったり、毎日が小さな闘いであったりすることである。形や表現が異なっても差別や偏見はあるし、経済的・社会的格差からくる妬みは並大抵ではなく、親戚や知人との人間関係も日本にいるときより案外気遣いが必要だということも学習する。南米の明るさや気さくさを勘違いすると大きな代償を払うことになるし、状況や利害関係によるとそれまでの信頼と友情が裏切りになることも多々ある。

どの国も基本的に日系人に対する印象は良く、親日国である。だが、日本のことをよく知っているわけでもないし、日本人移住の歴史や日系人の功績をきちんと理解している人ばかりではない。90年代に日本への出稼ぎブームが起きたときには、地元の非日系人の一部は書類を偽装してでも来日を試みているし、当時日系人は優遇されたビザで日本に行けるので幸せ者だと認識されていたのである。80年代と90年代初頭は、南米ではどの国も経済的に衰退しており、インフレや物価高、高失業率、政治不安やテロ(ペルー)にまで脅かされており、外国に脱出できたものはラッキーだったのである。その分妬みも強く、日本からの送金も非常に目立たないように使用しなくてはならなかった時代があった。

名古屋大学で博士号を取得したパトリシア仲村准教授(現在、名門ペルーカトリック大学)へのインタビュー記事だが、そこでは、「在日ペルー人子弟は、今日本がもっとも必要としている理想の”市民”かも知れない」と指摘している。Kyodai誌、2017.02月号。

在日南米系日系二世は、様々な困難を乗り越えてきたし、今後もどの段階であっても試練に向き合うことになる。不理解や偏見、無知や差別にも立ち向かなければならないが、二つ以上の文化体系をもっている強さ、語学力、柔軟な考え、寛容的な対応等は、この社会がもっとも必要としている要素でもある。日本にそうした特徴がないわけではないのだが、異文化やグローバル的な条件が絡むと内向きになり、外側に向こうとしない習性がある(近年は、その必要性があまりなかったのも事実である)。これまでは、日本という社会のみでも生計を立てることができたが、今後はどんな田舎にいても無意識に外とのやり取りや外の影響を無視できなくなる状況が出てくる。

私は、特にここ10年ぐらいは、在日ペルー人やブラジル人の若者と接してきたし、学生であっても、社会人であっても、いじめやパワハラ、セクハラや家庭内の騒動、脱落や喜び、卒業と就職について相談を受けてきた。今年の2月までは神奈川大学で、今は静岡県立大学で教鞭をとっているがため、幸いにもそうした場でも出会うことができるのだが、悩みや不安があるのは感じながらも、自分にできることはモチベーションと情報を提供するぐらいで、とにかく何事にも挑戦してほしいという願いのみである。

移民の二世として、アルゼンチンという国で生まれ育った人間として、試練は一種のテストであって自分を強くする最大の機会であり、一つひとつ乗り越えることで尊敬と信頼を高めることにつながるのだと実感している。いかなる分野や職種であっても、在日の南米系日系二世には次から次にチャレンジをしてほしいと願う。

 

© 2017 Alberto J. Matsumoto

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About this series

日本在住日系アルゼンチン人のアルベルト松本氏によるコラム。日本に住む日系人の教育問題、労働状況、習慣、日本語問題。アイテンディティなど、様々な議題について分析、議論。