安倍政権になってから、国内の需要拡大を目指す賃上げが話題になっている。その傾向が一部の大手企業や外食産業でみられ、人手不足状態にある後者はパートやアルバイト契約で雇っていた職員を正社員にし、社会保険に加入して処遇改善でより安定した人材確保に努めている。これにより、手取りの給与が増えなくとも実質賃上げになっている。
この流れは、十数年前から南米の日系就労者の職場でも発生しており、中小の製造業や食品加工業では随分前から人材確保が課題になっていたからである。ただ、外国人労働者の世界では給与の上昇率はそう高くないし、その恩恵を受けているのはスキルアッブしたほんの一握りである。多くは、むしろ不安定雇用の中、賃下げに耐えてきたと言える。
今注目の建設業界でも労働者不足を補うため、時給や日給単価をかなり上げているが、それでも人の確保が困難なため、政府は外国人労働者の受入れを本格的に検討している1。需要と供給という原理からみると、賃上げと労働条件の改善は十分に期待できるのだが、そうした市場性があまり機能しないのが日本という社会である。特に介護業は政府の委託事業の要素が高いので、人手が不足しているにもかかわらず、現場の処遇改善はあまり進んでいない。また、賃上げのニュースは増えているが、外食産業やファーストフードでは深夜や早朝のアルバイトが確保できないために、営業時間を短縮、または閉店しているところもある(こうした店舗が減少しても実際あまり大きな影響はないと言える)。
職種によっては相当の賃上げをしてもまったく人が集まらず、逆に楽しい職場でやりがいのある仕事だとそう高くない時給でもそれなりに人が集まるのが今の日本である。しかし、専門性の低い職に就いている外国人労働者の市場は、人手が不足してもあまり賃金は上がっていないし、90年代後半から今日までほとんどの職種で時給は減少している(ただスキルアップをして機械操作の資格を習得した者やトラック運転手、専門性の高い溶接工だと月収もそう悪くないようである)。唯一の救いは、労働者派遣法の部分的な規制強化により、派遣会社や請負業者の直接雇用が増加したことで、外国人の社会保険への加入が高まったことである。
最近よく日系ペルー人から「日本ではどのように賃上げが決まるのか?」、「総理大臣もしくは労働大臣が決定できるのか?」、「その上昇率は何を基準にしているのか?」と聞かれることが多い。ただ日本は南米諸国のように大統領が政令で賃上げをすることはできないし、春闘という労使間交渉の場があってもそこで定めた方針は労使間の合意であって、すべての企業に適用する法的拘束力はない。
そのうえ、中小や零細企業、派遣会社等を経由して働いている日系就労者を含む外国人労働者は、その賃上げの恩恵はあまり受けないだけではなく、そこにアジアからの技能実習生等が導入されると結局職を維持するためには逆に賃下げを余儀なくされる。
いずれにしても、政府に賃上げの政策目標があっても、それが一斉にすべての業種及び職種に適用されることはない。また、中小ほど労使交渉に必要な労働組合の存在が低いため、従業員の交渉力はあまりにも限られている2。
政府は、賃上げや労働者の雇用安定化によって内需拡大を狙っている。しかし、ここまで消費市場が成熟している日本では、そう簡単に新たな商品またはサービスの開拓で大きな需要を生むことはできない。景気回復で成長する企業や業界があっても、それが特に外国人労働者の賃上げに結びつくことはあまりないかも知れない。一般の企業もこれまで以上に海外市場を目指すか、来日外国人観光客の需要増を積極的に模索している。ただ、二世代目の外国人は日本でそれなりのスキルを身につけ、語学力や海外経験、または自身が持っている多様性をうまく活用すれば、この縮小する市場でもかなり給与のいい職に就ける可能性は高く、その開拓が今後大きなチャレンジである。
注釈:
1. 「移民労働の受入れ議論が再燃」を参照 2014.05
http://www.discovernikkei.org/ja/journal/2014/5/21/imin-roudou-ukeire/
2. 2014年6月時点で労働組合の組織率が17.7%で、980万人の労働者が組合員である(女性が300万人、パート労働が91万人、近年増加傾向にある)。ただ、民間企業では大手ではその加入率がある程度高くても中小になってくると一桁であり、従業員30人以下はほとんど皆無である。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/roushi/kiso/13/
http://db2.jil.go.jp/tokei/html/U4801001.htm
© 2014 Alberto J. Matsumoto