移住当初、言葉で苦労

日本からアルゼンチンへ アルゼンチンで洗濯屋 移住当初、言葉で苦労 ペロンに洗礼 人生でもっとも印象に残っている日 奥さんとの出会い

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

言葉が第一ですよ。もう言葉ばっかしです。仕事は自分で洗ったりなんかしたんですが、アテンドは父が外人を雇ってやらしていたんです。私は プランチャードール(アイロン係)で、父は洗っておりました。奥のほうで。(スペイン語が)全然分からなかったもんですから。私は父の叔父さんのところでレパルティドール(配達係り)しておりましたから、「aunque sea un poco」(少しだけでも)という、「aunque sea mitad、 (半分でも)払ってくれないか」ということを、「aunque sea 」という言葉ばっかしは分かっていたんですから。

日付: 2006年11月28日
場所: アルゼンチン、ブエノスアイレス
Interviewer: タケシ・ニシムラ、リカルド・ホカマ
Contributed by: アルゼンチン日系センター

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