娘が日本になじめず、再度アメリカ行きを決意

ミズーリ州でのビジネス 娘が日本になじめず、再度アメリカ行きを決意 アメリカで直面した偏見

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それで一旦(日本へ)帰ろうということで(日本へ)帰りましたね。それで帰ったけれども、やっぱり日本は良くないし、上の子なんかは小学3年生で来て4年生に行って、あっち、日本に戻りましたけど、横浜の本牧の小学校へ。そしたらね、おでんが出るって言うんだね。昼食で。そうするとそれがどうしても嫌なんだって。下の子なんかもうあんまり馴染みが良くないので、じゃアメリカに行こう、戻ろうということで、今度は私が1978年の3月にスーツケースとかばんを一つ持って、来て、LAXからタクシーでロサンゼルスのダウンタウンのホテルに入って、レンタカーを借りてドライブをして歩いていて見つけたのが今のモンロビアに住んでいる家だったんですね。そこでもうこれでいいだろうということで、荷物を送っていいよと、荷物とか猫とかなんかを一緒に。猫2匹がね、ミズーリで生まれたのが横浜へ行って10ヶ月いて、またこっちにね、カリフォルニアに戻ってきて、したような猫だったんですけど。そこからは今のところにずーっと居るんですね。

日付: 2016年7月17日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: 西村陽子、渡辺美津重
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

california family Los Angeles migration

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