ミズーリ州でのビジネス

ミズーリ州でのビジネス 娘が日本になじめず、再度アメリカ行きを決意 アメリカで直面した偏見

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

カリフォルニアと比べてね、生活さえやっていければ住みやすいです。あそこの方がずっと住みやすいです。家なんかでもここの3分の1か5分の1ぐらいの値段ですよ。それでね、私の場合はアメリカでは請負い、コントラクト(契約)はできないから、働くんで、アメリカのことも習うんで、溶接の仕方は知っていたから、溶接屋じゃないんですよ、日本では。ないんだけども若い時にやっているから、腕はあるから、溶接屋で weldingで、welding jobをね、そこにいる間に1年で6ヶ所、会社を変えて見て歩いたんですよ。

ところがミズーリていうのはね、人口、家がまばらですからあんまり来ないんです。一回やったんですよ。6ヶ所勤めて歩いていて、見て歩いて、それでその頃は2ドル60セントでしたよ。Minimum wage(最低賃金)がね。で、minimum wageで使うってわけです、たいてい。1週間か2週間するとチェックくれるじゃないですか。そうすると8ドルか9ドルになっているんだよね。なんか間違えているよと言うとね、「いや、youはいいよ。これでいいんだよ。」とかね、こんなんやっているわけですよ。あっちはこうやっておけばまだいるんだろうと思ってね。ところがこっちは見にいってんだから、2週間とか3週間とかでね、すぐ辞めて次のところに行くでしょ。そういうようにやっていって6ヶ所見て歩いていって、それで、じゃ(自分で)できるかなと思ってやってみたわけ。そしたら大通りじゃなかったのですけれども、6ヶ月やっていてお客2人しか来ませんでした。ちっちゃい仕事がね。だからね、そういうのでね、やっていけないのですよ。

日付: 2016年7月17日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: 西村陽子、渡辺美津重
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

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