アジア人として運動に参加するということ(英語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(英語)アジア人として運動に参加するということは、さまざまな意味で素晴らしいことでした。僕らは白人でも黒人でもないので、彼らはどのように僕らと接したらいいかわからないようでした。

I*:運動に参加したことを批判されることはありましたか?

いや、されませんでしたよ。僕らはどちらのグループにも入っていくことができました。両方を行ったり来たりできました。それを誰かに疑問視されることもありませんでした。ストークリー・カーマイケルとのことを思い出しました。僕がうっかり酒を飲んで酔っ払ってしまった時のことです フレッチャーが僕にサザンカンフォートのバーボンの入った飲み物を渡してきたのです。僕はその時、暗室で汗だくになっていました。アトランタの真夏に換気できないという最悪の部屋で、死ぬかと思いました。それでその飲み物を渡されたのですが、僕は酒を飲むと真っ赤になるのです。その時ワース・ロングが事務所に入って来てこう言いました。「お前真っ赤じゃないか!」そして事務所の皆を呼び、「こいつを見てみろ!」と言うわけです。僕は皆のさらし者になり、その時ストークリーも事務所に来ていました。彼は観衆を沸かすことに非常に長けていました。そして彼は、ブラックパワーに傾倒し、家父長的な白人の慈善家ぶった意識を徹底的に、断固として糾弾しようとしていました。

彼は人だかりに気付き、僕の方に近づくとこう言いました。「白人の坊ちゃん、今日は俺たちかわいそうな黒人を何人救ってくれたんだい?」僕に挑んできたのです。バーボンの力かそれとも何か他の力が働いたのかわかりませんが、僕は攻撃は最善の防御だと思い、ストークリーに反撃することにしました。そしてこう言いました。「何だと?誰が白人だ?お前こそアフリカの偉大な7部族の誰かさんの子孫だなんていいかげんなことを言うんじゃないぞ。お前のじいさんのじいさんがジャングルでやり投げしてた時、俺のじいさんなんか町を作って芸術なんかもやってたんだぞ!」するとストークリーは、「何て奴だ!」と言ってクスクス笑いながらどこかに行ってしまいました。僕にもできたのです。やろうと思えば、彼の優越主義をかわすことができたのです。

* “I”はインタビュアー: パトリシア・ワキダ

日付: 2011年2月9日
場所: 米国、カリフォルニア州
Interviewer: パトリシア・ワキダ、ジョン・エサキ
Contributed by: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター

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