Yuri Brockett

東京での大使館勤務後、夫の大学院留学のため、家族で渡米。ニューヨークでは子育ての傍ら大学で日本語を教え、その後移ったシアトルではデザインの勉強。建築事務所勤務を経て現在に至る。子どもの本、建築、かご、文房具、台所用品、旅、手仕事、時をへて良くなるもの・おいしくなるもの…の世界に惹かれる。ワシントン州ベルビュー市在住。

2015年2月 更新

war ja

おばあさんの手紙 ~日系人強制収容所での子どもと本~

第四章 荒野の強制収容所:1942年から1946年にかけて — 後編(2)

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忠誠登録その後

忠誠登録の目的は、アメリカに忠誠である者とそうでないものを分け、忠誠が確認されたものは、兵役につくか、仕事や学業で早くアメリカの一般社会に戻るように促し、不忠誠とされたものは隔離することでした。しかし、よく考えずに作成された質問表は、収容所内に不安と混乱をまねいたため、27番目の質問「二世の者がアメリカ軍入隊の意志があるか」を、女性に対しては「陸軍の看護部隊、及び婦人陸軍部隊で働く意志があるかどうか」と変え、28番目の質問「アメリカ合衆国に忠誠を誓い、日本国天皇への忠誠を『破棄』するか ...

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おばあさんの手紙 ~日系人強制収容所での子どもと本~

第四章 荒野の強制収容所:1942年から1946年にかけて — 後編(1)

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先日、学校の補習が終ったあと、
今まで行ったことのないパン屋さんへ向いました。
バスを乗り継ぎ、地図アプリを頼りに歩き、
一時間近くかかって辿り着きました。

私の夢は自分のパン屋さんを持つことです。
来年の春からは、
地元のパン屋さんで修行を始める予定です。
その準備期間として、
この頃はいろんなパン屋さんへ足を運んで、
何か気づくことはないかとリサーチしています。

遠くにあるお店へ行くのは、
交通手段(と使えるお金さん)が限られた学生には
厳しいものがあり、正直大変です。

ですが、かんかんと太陽の照りつける中、
道を歩きながらわたしは「自由 ...

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おばあさんの手紙 ~日系人強制収容所での子どもと本~

第三章 荒野の強制収容所:1942年から1946年にかけて — 前編(6)

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外の空気、自由の味

ヨシコの父親と母親が、転住局の特別許可をもらって、ハートマウンテンにいる父親のお母さんと妹を訪ねたことがあります。かごの鳥のような生活は知らず知らずのうちに、身と心に澱のようなものをためさせます。ヨシコは二人が帰って来た時の様子に驚きました。

戦争が勃発して以来初めて自分の母と妹に会えたことは、はかり知れないほど父の元気を回復させた。だがそれにも増して、二人の生気をよみがえらせたのは、ほんのしばらくの間だけでも父と母が有刺鉄線の囲いの外で自由に生活できた旅そのものであったのである。父と母がかえってきた時、二人はすっかり様子が違っていた。母はとても美しく朗らかに見えたし、二人とも元気を回復し、若さを取り戻したように思えた。1


有刺鉄線の囲いのなかから志願しろって
———

陸軍は二世の志願兵を募る方針を決めたと ...

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おばあさんの手紙 ~日系人強制収容所での子どもと本~

第三章 荒野の強制収容所:1942年から1946年にかけて — 前編(5)

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2. 1943年

子どもの日常———冬

1ヶ月前から、ハートマウンテンの大人たちは、管理局も日系人も力を合わせて、収容所内に数カ所ある窪地に、消火栓のホースで水をまき、アイススケート場をつくっていました。待ちに待ったスケートリンクのオープニングは1月19日。前の週から気温が下がりはじめ、オープニング当日は摂氏零下33度を記録しています。異常な環境にあっても、出来るだけ子どもたちを楽しませたいと力を合わせて作業した大人たち。もちろん子どもたちも大喜びです。ベーコンのレポートです。

雪の季節になると、雪だるまを作ったり、雪合戦をしたり。……アイススケートリンクも出来たんです ...

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おばあさんの手紙 ~日系人強制収容所での子どもと本~

第三章 荒野の強制収容所:1942年から1946年にかけて — 前編(4)

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収穫の手伝い———晩秋

実りの秋でもあります。農産物の収穫期ですが、カリフォルニア、アリゾナ、アイダホ、ワイオミングとどこの農園でも人手不足に悩んでいました。いままで収穫に携わっていた者は、兵役にとられたり、軍需景気にわいていた都市に出かけたりしていて、誰もいません。困った知事は、地元出身の上院議員や戦時転住局に「愛国者の義務として」日系人被収容者に刈り入れを手伝わせるようにかけあいます。囲いからでるチャンスですから、多くの高校生も応募し、ブリードさんの子ども達のルイーズも「学校新聞を作るための基金集めに」級友と綿摘みに出かけています。シアトルのウィルス先生に ...

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