「ノーノー・ボーイ」の世界を探る

太平洋戦争を挟みアメリカで生きた日系アメリカ人二世、ジョン・オカダ(John Okada)が残した小説「ノーノー・ボーイ(No-No Boy)」。1971年に47歳で亡くなった彼の唯一の作品は、戦争を経験した日系アメリカ人ならではの視点でアイデンティティをはじめ家族や国家・民族と個人の在り方などさまざまなテーマを問う。いまも読み継がれるこの小説の世界を探りながらその魅力と意義を探っていく。

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第25回(最終回) 差別、偏見、戦いからどこへ

「ノーノー・ボーイ」をめぐる連載も今回で最終回を迎える。この間、並行して進めていたこの本の新たな翻訳を、“パール・ハーバー”からちょうど75年目となるころ出版することができた。と、同時にアメリカでドナルド・トランプという移民に対して排他的な政策をとる大統領が登場した。

テロリストを排除するために、警戒を強めることには大方異論はないだろう。しかし、今回の政策を支える考えのなかに、特定の人種や民族、宗教に対する偏見が潜んでいるとみられても仕方がない。


日本人による日系人への偏見

アメリカは多様な人種や民族、宗教、文化によって成り立っている。もちろん、歴史を振り返れば、ネイティブ・インディアンや黒人に対する想像を絶する差別 ...

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第24回 さまざまな観点からの批評、分析

「ノーノー・ボーイ」を最初に翻訳した中山容氏が本名、矢ヶ崎庄司の名で残した「日系アメリカ人と文学―ジョン・オカダとローソン・F・イナダ―」(平安女学院短期大学紀要、 8, 23-30, 1977)を嚆矢として、その後も断続的に今日まで、この小説は論ぜられてきた。

作品紹介的なものから学術的な論文まで、出版物を中心に気がついたものを年代順に並べてみる。(「論文」、筆者・著者、『それが収められている出版物』の順)

  1. 「帰ってきたノーノー・ボーイ ...

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第23回 日本では、70年代から今日まで論じられる

小説「ノーノー・ボーイ」は、日系アメリカ人である著者、ジョン・オカダが英語で書いたアメリカ文学の作品であるが、文学にとどまらずさまざまな領域の専門家によって論じられてきた。日本では、文学をはじめ社会学や心理学のアプローチなどからこの小説の世界が取り上げられてきた。

文学のなかでは、「日系アメリカ文学」あるいは「アジア系アメリカ文学」という範疇の研究対象として論じられたことが多いようだ。近年では、2014年に出版された「憑依する過去―アジア系アメリカ文学におけるトラウマ・記憶・再生」(小林富久子監修、金星堂)のなかで「ノーノー ...

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第22回 これは小説ではない?初版時の評価や反応

「ノーノー・ボーイ」の初版が出版されたのは1957年5月。前年日本は国際連合に加盟し国際社会へ仲間入りし、国内的には高度経済成長へと向かいはじめた。アメリカでは55年にアラバマ州モンゴメリーでのバス・ボイコット事件をきっかけに公民権運動が高まってきていた。

日系社会では、52年のウォルター・マッカラン法によって日本人一世も、すでに市民権を得られるようになっていた。しかし、まだ戦争の記憶は遠くはなかった。

戦前からつづくシアトルの邦人紙、「北米報知」では、ジョン・オカダの「ノーノー・ボーイ」が発刊されたのちの57年6月20日付紙面で、この本について紹介している。伝統ある邦人紙の特色だが、記事は日本語と英語で書かれている。

日本語の記事は ...

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第21回 “パールハーバー”の日を迎えて ~「毎日メディアカフェ」で『ノーノー・ボーイ』を語る~

安倍首相が、今月26,27日にアメリカ・ハワイを訪れ、オバマ大統領と会談し、真珠湾(パールハーバー)攻撃による犠牲者を慰霊するというニュースが先日流れた。現職首相が真珠湾を訪れ慰霊するのは、正確には初めてではないようだが、私たちの記憶のなかで、首相が公式に、日米開戦の地を訪れ慰霊すると国民に発表したのは初めてである。

パールハーバー攻撃からちょうど75周年を迎える直前の12月5日にこの発表はあった。その翌々日の7日、奇しくも「パールハーバー攻撃」から始まる『ノーノー・ボーイ』の新訳について、毎日新聞が主催する「毎日メディアカフェ」というイベントスペースで、出版に至るいきさつや本書の現代的な意味などについて話をした ...

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