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「ノーノー・ボーイ」の世界を探る

第20回 新たな訳で日本で出版

新たな日本語版『ノーノー・ボーイ』が、来月ようやく出版されることになった。出版社は旬報社(東京都文京区)で、労働や福祉を中心に社会問題や生活にかかわるテーマの本を出版している会社である。これまで英語版は18刷りで15万部を超えるロングセラーになっている。翻訳もかつて出されたが、ここ10年ほどは日本語では読めない状況がつづいていたので、日本の読者へ久しぶりに装いも新たに、届けることができるようになった。

新たな訳で出版される『ノーノー・ボーイ』

本の装幀を手がけた河田純氏は、翻訳原稿を読んだあとで「これは相当な作品である」と、主人公イチローの物語に感動しイメージを膨らませた。表紙のイラストは横山明氏による。小説の舞台となったシアトルのジャクソン通りあたりを彷彿させる、繊細で炭色のタッチが非常に味わい深い。

タイトルが英語で大きく「NO-NO BOY」と書かれ、日本語の「ノーノー・ボーイ」がより小さくそれに重なっている。もちろん本書の日本語タイトルは日本語であり、その意味では型破りだ。しかし、これによって“日系アメリカ”(Japanese American)の世界を表わすことができ、かつ「NO」と「BOY」という、幸いにも中学生以上なら誰でもわかる言葉であることから、読者がわかりやすくイメージを膨らませるようになっている。

1957年に最初にこの本がチャールズ・イー・タトル出版から出されたときは、内容は小説だけだった。それが1976年に復刊されたときは、復刊にかかわった詩人のローソン・イナダ氏の序文と劇作家のフランク・チン氏のあとがきが前後に加わり、小説としては異色の構成となった。

日本で1979年に中山容氏による翻訳が晶文社から出版されたときは、この序文とあとがきも翻訳されている。その後、アメリカでは一昨年に新版に出され、ここではさらに日系の作家ルース・オゼキ氏による序文が加わり、新旧の序文と新しいあとがきという形になった。

これによって復刊にいたるいきさつや本書に対する今日的な評価がわかるのだが、小説であることを考えると、全体的に重い感じがする。とくに小説本文に入る前に二つの序文があるというのは、初めての読者にとっては抵抗があるだろう。復刊される古典・名作でも先に解説的な文章が来ることはない。

日本での今回の新訳にあたっては、「小説である限りは最初に小説が来るのが本筋だ」という考えから、まず何よりも通常の小説と同じく、小説を読んでもらえるようにした。最後に、こまれでの英語の序文などの要旨を伝えることを含めて、解説的な長めのあとがきを「ジョン・オカダと物語の背景」として加えた。

このなかで、訳者である私が、20年ほど前に偶然この本(旧日本語版)を小さな町の古本屋で見かけたことに端を発して、今回の新訳をすることになったいきさつなどを記している。また、「ノーノー・ボーイ」が生まれる、当時の歴史的な事実関係や日系アメリカ人、特に二世のおかれた状況などを説明した。

私自身初めてこの本に出合ったときは日系アメリカ人については、日米戦争で肩身の狭い大変な思いをしたのだろうというくらいの知識しかなかった。しかし、そんなこととは関係なく興味をもって何度か読み返したことを思うと、この物語と主人公イチローの苦悩には素直に共感できるものがあり、小説自体に初めての読者でもひきつける強い力があると確信している。

翻訳に挑んでみて、作品の繊細さや翻訳ではわからなかった魅力に気が付くことができた。その辺については次回以降で触れたいが、翻訳を終えたまさにそのとき、奇しくもドナルド・トランプ氏が大統領選に勝利を収めた。そしてそのすぐあとに、新政権への移行チームがテロ対策として検討中とされるイスラム系移民の登録制度について、第二次大戦中の日系人強制収容を「前例」として引き合いに出すというとんでもないニュースを聞くことになった。

これについては、アメリカの民主主義の反省点ともいえる政策を、有効な手段として引き合いに出したことに全米日系人博物館も強く抗議している。パールハーバーから75年を迎える今、歴史からの教訓を見直す意味でもイチローの物語を日本の読者にも読んでもらいたい。

 

© 2016 Ryusuke Kawai

john okada literature no-no boy

このシリーズについて

太平洋戦争を挟みアメリカで生きた日系アメリカ人二世、ジョン・オカダ(John Okada)が残した小説「ノーノー・ボーイ(No-No Boy)」。1971年に47歳で亡くなった彼の唯一の作品は、戦争を経験した日系アメリカ人ならではの視点でアイデンティティをはじめ家族や国家・民族と個人の在り方などさまざまなテーマを問う。いまも読み継がれるこの小説の世界を探りながらその魅力と意義を探っていく。