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「ノーノー・ボーイ」の世界を探る

第23回 日本では、70年代から今日まで論じられる

小説「ノーノー・ボーイ」は、日系アメリカ人である著者、ジョン・オカダが英語で書いたアメリカ文学の作品であるが、文学にとどまらずさまざまな領域の専門家によって論じられてきた。日本では、文学をはじめ社会学や心理学のアプローチなどからこの小説の世界が取り上げられてきた。

文学のなかでは、「日系アメリカ文学」あるいは「アジア系アメリカ文学」という範疇の研究対象として論じられたことが多いようだ。近年では、2014年に出版された「憑依する過去―アジア系アメリカ文学におけるトラウマ・記憶・再生」(小林富久子監修、金星堂)のなかで「ノーノー・ボーイ」も、さまざまなアジア系アメリカ文学の作品にまじって取り上げられている。

この本は、早稲田大学の小林富久子教授(当時)が、同大学を退官するにあたってその記念論集として編集されたもので、アジア系アメリカ文学を「トラウマ」という角度から取り上げている。そのきっかけは2011年の東日本大震災だったという。被災によるトラウマ的な記憶をどう捉え、伝えていくかということの重要性は、戦争や紛争と切っても切り離せないアジア系アメリカ人の歴史にも通じるものだという解釈である。

小林氏は序文のなかで、キャシー・カルース編の『トラウマの探求』から、「トラウマとは、現実に起きた悲劇的出来事の犠牲者に対して、出来事そのものからくる傷痕だけでなく、その記憶を言葉としてなかなか他人に伝えがたいことからもくる『二重の傷』をもたらすことになり、さらに、そうした傷痕がたまたま民族全体に降りかかるようなものである場合には、当事者個人に留まらず、世代から世代へと民族間で集団的に引き継がれるものとなるという」という言葉を引用し、アジア系アメリカ人作家が背負う社会的・歴史的背景とトラウマとの関係を示唆している。

このトラウマという角度からアジア系アメリカ人文学を考察した21の論文を収容しているが、それらは「戦争」、「人種」、「ジェンダー・セクシュアリティ」、「移動・越境」という4つのテーマで分類されている。

このなかで、ジョン・オカダの「ノーノー・ボーイ」について、五島一美氏(早稲田大学非常勤講師)が「ノーノーボーイであることの病い―身体への視線の欲望」と題して、論文を寄せている。「イチローが周囲の日系人にアメリカ人としての自己を打ち立てさせつつも、同時に不安感をも引き起こす両義的存在であることを、ラカン理論などを手掛かりに明らかにしている」と、小林氏は解説している。


1970年代から批評の対象に

時代は40年近く遡って1977年。日本語による「ノーノー・ボーイ」について論じたものが登場したのは、この年が初めてではないだろうか。平安女学院短期大学で教鞭をとっていた矢ヶ崎庄司氏が、同大の紀要( 8, 23-30, 1977)で、「日系アメリカ人と文学―ジョン・オカダとローソン・F・イナダ―」という題名で書いている。

この矢ヶ崎氏とは、実は、「ノーノー・ボーイ」を最初に翻訳した中山容氏の本名である。晶文社からの翻訳出版が1979年だから、その二年前に書いた論文だ。

矢ヶ崎氏は、アメリカにおける日系人の特性と、彼らが置かれた状況、さらに社会の変化にともなう日系人自身の意識の変化に注目した。自分はなんのか、自分たちの文化とはどんなものなのかという意識の芽生えである。

この点を意識しながら、同氏は、この論文で日系アメリカ人の文化的成果について考察する。その一つがジョン・オカダの小説「ノーノー・ボーイ」で、もう一つが日系三世の詩人ローソン・フサオ・イナダだった。


これはビート小説だ

「ノーノー・ボーイ」について、矢ヶ崎氏は小説の要点を記した上でこう言う。

この小説は、日系アメリカ人がはじめて書いたビート小説だとおもう。いろいろな点で、1950年代の若いアメリカ文学運動だったビートニックの代表作、ジャック・ケラワックの『路上』(On the Road)をおもわせる。社会からの離脱という現象の内面的資質は、正に当時のアメリカ青年の心理的ジレンマだった。この社会的背景と必然についてはポール・グッドマンの『不条理に育つ』(1960)にくわしい。ビートの作品が白人の平均社会からきらわれたように、いま回復しつつあった日系人の社会復帰と白人社会への同化を熱心にやっていた人たちから、この小説が拒絶され、きらわれたのも、おぼろげながら理解できるようにおもう。

そしてこう続ける。

私は、この小説を読んで、その紹介をしたいとおもった、いや、一種の義務感すらわいたといえる。ジョン・オカダはこの小説で潜在的な日系アメリカ人の心理的葛藤を一層強化したのかもしれない。

かなりの熱意と思い入れがあるのがわかる。それがあったからこそパイオニアとして矢ヶ崎(中山容)氏は、自ら進んで翻訳を名乗り出て、日本の読者にこの作品を届けることができたのだろう。

 

© 2017 Ryusuke Kawai

john okada literature no-no boy translation

このシリーズについて

太平洋戦争を挟みアメリカで生きた日系アメリカ人二世、ジョン・オカダ(John Okada)が残した小説「ノーノー・ボーイ(No-No Boy)」。1971年に47歳で亡くなった彼の唯一の作品は、戦争を経験した日系アメリカ人ならではの視点でアイデンティティをはじめ家族や国家・民族と個人の在り方などさまざまなテーマを問う。いまも読み継がれるこの小説の世界を探りながらその魅力と意義を探っていく。

* 毎週第2・4金曜日に掲載予定です。