ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2015/6/19/lideres-nikkei/

次世代日系人指導者の役割と期待

平成26年度次世代ニッケイ人指導者(メキシコ、ペルー、ボリビア、ブラジル、パラグアイ)と安倍総理大臣および世耕官房副長官との記念写真、外務省提供

日系人とは、基本的に戦前・戦後海外に移住した日本人とその子孫を意味するが1、近年は、当人が日系人として自己認識しているかどうかは別として、欧米やアジア諸国に駐在しそこで生まれ育った子弟もおり、日系人の幅がひろがっている。南米では未開の土地を開拓し、農業を始め各分野で活躍した移住者の功績は大きく、その子孫である日系人を含め日本の「資産または資源」であるという考え方が存在する。戦前は特にその見方が強かったため、戦争に突入すると多くの日本人・日系人指導者は敵性外国人とみなされた。その結果、拘束されたり、財産を没収されたり、強制送還の対象にもなった2。しかし、戦後は日本の経済発展とともに日系人はそれまでの困難を乗り越え、日本の援助等も実って南米各地で成功事例が見られるようになった3

日本政府は、こうした日系人を日本のソフトパワーの一環として位置づけている。すなわち、日本の良き理解者で日本とのつなぎ役を期待されているということである。そうした思惑から、南米だけではなく、北米からも日系人指導者を招いて日本との関係強化を進めてきた。3年前に中南米からの招聘事業が再開し、今年も地元社会で活躍している8人の次世代日系人指導者が来日した4日本との経済、商業、文化関係等の強化が期待されるキーマン達である。

近年、中規模の日系企業が南米進出を試みており、高いハードルとリスクを少しでも軽減するため一つの選択肢として日系人の活用に注目している。こうすることでビジネスや文化交流が確実に成功する訳ではないが、初期段階の情報収集や人脈形成には安心感を与え、有利になる可能性もある。

昨年(2014年)8月、安倍総理はメキシコ、コロンビア、チリそしてブラジルを訪問した際、積極的に日系社会の指導者や関係者と懇談した。これには、当時外務省中南米局長で日系人の役割を重視してきた山田章氏の役割が大きい(現在、駐メキシコ日本大使 http://www.mx.emb-japan.go.jp)。

ラテンアメリカには再び景気が低迷した国々もあるが、ここ十数年の間にかなり発展し、ブラジルやメキシコのような新興国を含めて多くの国では貧困層が減少し、新しい中産階級が誕生した。格差は拡大し続けているが、購買力のある層が増えたのも確かで、市場としての魅力は増している。約3年前ぐらいから、ジェトロやJICAは日本の中小企業進出のファシリテーターとして日系人を推奨しており、その結果いくつかのビジネス開拓ミッションがブラジル、パラグアイ、ペルー等に派遣された5

日本の少子化と高齢化(生産年齢と消費人口の減少)ゆえに、増え続ける外国人観光客か有望な海外市場を獲得しない限り、企業の大小を問わず、利益どころか売上もあがらない状態になりつつある。

外務省の中南米日系人指導者招聘プログラムも、こうした枠組みの中にあるのかもしれないが、今回も外務省での会議に参加した中南米日系人指導者たちは、元日本大使や南米の専門家、JICA、国際交流基金、在日南米日系人等と懇談した。また、彼らにとって、安倍総理と世耕官房副長官と面談できたことは大きな意義があった。これは、日本政府の日系人たちに対する期待の現れでもある。こうした動きをチャンスと見る日系人もいるが、その分大きな責任も伴いこれまで築いてきた信頼と人脈が試される。

国際交流基金での意見交換会。 (2015.03.18)

筆者も、これまでいくつかの案件に間接的または直接的に関わってきたが、実務の世界では委任状や関係書類一つとってもそれを日本以外の国へ提出することはかなりの労力と情報が必要になる。ビジネスや文化交流事業には人と金が動き、国境をまたがると普通の書類であっても翻訳や認証が必要になる。国によっては指定公認翻訳人の翻訳や公証人の証明等を求めてくる。南米の場合、書類が信頼性されるには、いかなる場合でも発行機関の係官の署名の証明、証明を行った機関の認証、そして外務省証明班の認証等、少なくとも三段階の証明手続きが必要である。現地法人の設立となると、日本側の法人登記証や役員の証明等膨大な資料を提出しなければならない。外国で使用できる委任状の作成でも、ときには大掛かりな事前調整作業が必要となる。

日系人は確かにガランチード(Garantido保証付き、信頼性が高いという意味)と言われているが、法文化、行政の仕組みと各種手続きの運営等が異なる国との間で調整役を務めることは並大抵の仕事ではない。その日系人が弁護士または会計士で現地に人脈を持っていても、それだけではスムーズに行かないことが多い。法規定の適用が不透明で汚職が蔓延している役所が相手では、かなりセンスのいる交渉術と丁寧な情報収集(確認の確認)が要求される。日系人にとってもかなりリスキーな仕事で、労力がかかる割にはあまり高い報酬は得られない仕事である。

一方進出やビジネス拡大を試みる日本側も、分からないからといって丸投げしてはならず、忍耐強く先方の作業に協力し、サポートしなければならない。海外経験が少ないまたは初めて進出する中小企業の経営者は、「おんぶに抱っこ」という姿勢が多く、「すべてお任せします」というが、互いに悩んで学びながら対応しないと誰が仲介役であっても良い結果は得られない。

日系人は、この一世紀の間に海外の移住先で差別や偏見と闘いながら信頼と尊敬を勝ち取ってきた。南米では、そうした信頼や絆(友情)を毎回互いに試し合って築いてきた。陽気で気さくに映る人間関係も、実はかなり不安定で嫉妬感が強くてかなり厄介なことも多い。週末等定期的に集まったり、一緒に社会活動をしたりするのは自分のためだけではなく他者との信頼を確認するためである。アミーゴ(amigo友人)であっても平気で裏切るし、アミーゴだからこそ常にアンテナを張る必要がある。

現地の日系人が日本の企業の案件をサポートするということは、ときには利害対立や誤解(デマや根拠のない噂)に巻き込まれる可能性もある。「架け橋」というのは神経をすり減らす作業だということも、日本側に肝に銘じてほしい。

昨年の8月2日、ブラジルのサンパウロで日系社会の行事で安倍総理は6、「“progresar juntos, liderar juntos e inspirar juntos”(意訳すると、“一緒に発展し、共にリードして困難に立ち向かい、絆を深めながら夢を追う”)ということを強調したが、そのためには共にリスクを負い、学び、結果を分かち合うということでもある。

外務省南米主催の官民関係者との会議。元大使や奇病関係者、ペルーとブラジルの在日ニッケイ人リーダー、JICA等の職員。(2015.03.17)

注釈

1. 戦前のアジア諸国の日本人移住者の植民地(満洲、朝鮮半島、東南アジア等)で生まれた子弟も日系人と言えるが、南米の日系人と区別する場合が多い。また、農業移住者ではなく商人または商社マンとして駐在しそのまま残りその子弟も日系人と言えるのだが、他の日系人とは異なるという見方もある.エスニック的には「日系人」であっても、その受け止め方はひとり一人のアイデンティティによって異なる。

2. 移住先の多くの国が連合国寄りだったため、日本人もその取り締まりの対象になり、短期間のうちに財産を処分しなければならなくなったり理不尽な方法で没収されたりした。ペルーの日本人指導者1700人余りは、アメリカの強制収容所に送還された。日系社会の日本語学校や日本人会、機関紙等も閉鎖され、集会や行事も禁止された。国によってその取り締まりの度合いが異なる。

3. 戦前にも、成功した移住者の例はたくさんあるが、二世等の社会進出という観点からはまだ十分とは言えない状況だった。アメリカやカナダ等には、差別と偏見と闘いながらも大卒者も増えつつあったが、戦争によってその可能性が一時閉ざされた。戦後の移住には、事前準備と現地の調整不足であまり思わしくなかった事例もいくつかあるが(ドミニカ共和国、ボリビアやパラグアイ、アルゼンチンの一部の移住事業)、それでも今では多くの農業移住地はその国の農工業の手本となっている。二世代以降も高等教育を受けたものが多く、あまり目立たなくとも各分野で功績を残している。

4. 3月16日から、中南米から8名が来日し一週間にわたりタイトな日程が行われた。その前の週にはアメリカ合衆国から11名の日系人リーダーが来日しており安倍総理を表敬訪問している。
米国日系人との会合 
- 南米日系人8名が安倍総理を表敬訪問した時のことが掲載されている
中南米次世代日系人指導者による表敬
次世代日系人指導者会議招へい一行の安倍総理大臣表敬
安倍総理を表敬訪問した8名の南米日系人の動画
- 外務省中南米局南米課が開設したFacebook中南米日系ネットワーク: Latin America Nikkei Network

5. 「日系人活用で中南米に進出」、ジェトロセンサー, 2013.02月号56-57頁 
ブラジルー日系ブラジル人人材の架け橋」吉田憲 ジェトロセンサー2012.12月号70-71頁

こうした提言が後にいくつかのビジネス開拓ミッションにつながっていく。

6. 2014年8月2日、安倍総理がサンパウロで演説した内容
PDFファイルにはスペイン語とポルトガル語訳もある。

 

© 2015 Alberto J. Matsumoto

日本 リーダーシップ 首相 安倍晋三
このシリーズについて

日本在住日系アルゼンチン人のアルベルト松本氏によるコラム。日本に住む日系人の教育問題、労働状況、習慣、日本語問題。アイテンディティなど、様々な議題について分析、議論。

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執筆者について

アルゼンチン日系二世。1990年、国費留学生として来日。横浜国大で法律の修士号取得。97年に渉外法務翻訳を専門にする会社を設立。横浜や東京地裁・家裁の元法廷通訳員、NHKの放送通訳でもある。JICA日系研修員のオリエンテーション講師(日本人の移民史、日本の教育制度を担当)。静岡県立大学でスペイン語講師、獨協大学法学部で「ラ米経済社会と法」の講師。外国人相談員の多文化共生講座等の講師。「所得税」と「在留資格と帰化」に対する本をスペイン語で出版。日本語では「アルゼンチンを知るための54章」(明石書店)、「30日で話せるスペイン語会話」(ナツメ社)等を出版。2017年10月JICA理事長による「国際協力感謝賞」を受賞。2018年は、外務省中南米局のラ米日系社会実相調査の分析報告書作成を担当した。http://www.ideamatsu.com 


(2020年4月 更新)

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